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その二人が一緒に過ごしていたのは、遠い記憶の中だった。
だから、今こうして隣に居れる事が、隣に居てくれる事が、奇跡なのだと、片方しかない緋い眼で見つめ合い、想うのだ。
四つの緋眼
有島ミオが進学した清流学院は、私立の男子校だった。
変わっている、と他校からも噂になる程の校風で、ミオが進学するのを家族は反対した。
その圧力を振り切って、ミオはその高等学校に入った。
噂話というものは信用できないものだ。実際入ってみると、中は平和だった。
ミオは変わり者だと親戚に頭を抱えられるのだが、清流学院ではまともな方だった。
何故ミオはそんな異端の高校へ入ったのか。
それは、どんな格好をしていても校則違反にならないからだった。
この学院に進学する者の大半は、それが理由だ。
今日も麗かな陽射しを浴びながら、ミオは教室の隅で弁当を食べている。
教室内の雑踏を聞くのは嫌いではなかった。
「ねえ」
声を掛けられ、ミオは赤眼を動かす。
声の主は、白かった。
「君、綺麗だね」
突然そう言われ、目を丸くする。
白は小さく笑った。
「名前なんだっけ」
「…有島ミオ」
小さな声で答えると、白に嵌められた緋と蒼の眼は薄まる。
「俺は佐伯ハクミ。その弁当、自分で作ったの?」
ミオは小さく頷いた。
ハクミがずっと見てくるので、ミオは弁当の卵焼きを差し出す。
水燻色と白色の仲は、その春の日から始まった。
どうしてあの時声を掛けてきたのだと問うと、ハクミは、何となく、と答えた。
「俺は綺麗なものが好きなんだよ」
女性の様な声が紡ぐ言葉が、ミオは好きだ。
「今思えば運命だったかもね」
ハクミはアールグレイのペットボトルを煽り、喉仏を動かす。
「そうね」
向かいに座っていたミオも缶コーヒーに口を付けた。
「うん。ミオには本当感謝してる」
ハクミの隣に座る黒は頬杖をつく。
この黒い男は、ハクミの双子の弟だった。
名を結川クロミと言う。苗字が違うのは、親の離婚で離別したからだ。
しかし、そんな二人はミオのお陰で再会出来た。
ミオの目にとまるくらい中学の時に目立っていて良かったと、クロミは捻くれて思う。
好きなものが同じだった三人は、その時代に連んだ。
初めて一緒にコスメを買いに行った時の周囲の目は奇妙なものを見る様なものだったが、三人で行けば何も怖くなかった。
段々と見た目が女になっていくミオを両親は叱ったが、ミオはそれに屈しなかった。
家出をしハクミのアパートに行くと、クロミと交わっている所だったのは大層気不味かったが。
「いやあ、あれは流石に私が悪かった」
「本当だよ。しかも入ってくるし」
「だってむしゃくしゃしてて…」
「普通むしゃくしゃしてても親友としようなんて思わないよ。しかも3P」
「いや、あの時は本当馬鹿だった」
「あはは、良い黒歴史だよな」
でもそんな事になるくらい、三人は仲が良かったのだ。
そして、その日を境にミオはハクミの居候になった。
弟のアキノに家の事を押し付けてしまったのは悪いとは思ったが、アキノは要領の良い人間だったので別に問題を起こす事も無かった。
ただ、内心あの環境は嫌だったと言っていた。
「どんどん綺麗になっていくミオを見てるのが好きだったよ」
ハクミはそう告白するが、それに恋愛感情が無い事もわかっている。
「いやいや、ハクミのが綺麗だって」
クロミはそう茶化すが、そうしないとハクミは直ぐ膨れるのだ。
今思えば、少し歪ながらも楽しい高校時代だった。
ミオを見て、双子は彼を着飾りたいと思った。
だから、今の職業を志した。
「正直、二人が『夕刻華』を立ち上げたのが私のおかげなんて思わなかった」
ミオはコトンと缶を机に置く。
「だって俺達にしか出来ないと思ったから」
「そうそう、ミオの魅力を最大限引き出したくてね」
そう語る白と黒にミオははにかんだ。
「今じゃ立派なブランドだものね」
どこか妖艶な雰囲気を持つミオは、笑うと可愛らしい。
「あ、降ってきた」
「ハクミも?」
ハクミはペットボトルを飲み干し、机にクロッキー帳を広げる。
ミオの笑顔を見て、インスピレーションを受けた。
クロミも一つだけの緋眼で覗き込み、二人はああだこうだと言いながら脳に浮かんだファッションを描き込んでいく。
ミオはそれを見つめながら、良い親友を持てて良かったな、と思った。
私が二人に出来る事。それは物件の手配とモデルくらいしか無い。
それでも、それが自分にしか出来ない事なのも自覚していた。
四つの緋眼はそれぞれに輝く。
その光は似ていても、完全に一致したものではない。
私にしか出来ないこと。
それを掴んでいるから、人生を楽しいと思えた。
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