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玄関のチャイムが鳴った。
その時間通りの音に、アキノは答える。
「よう、」
「こんにちは」
瑠璃と黒の訪問をアキノも歓迎した。
瑠璃色の髪をした相沢タダノブは、アキノの親友だった。
“だった”のは、アキノが中学を退学してから連絡を取っていなかったからである。
それがこの前たまたま再会し、何となく連絡先を交換し合った。
タダノブの後ろにいたのは、矢野クロスケだ。
その全身黒の矢野クロスケという男は、アキノの編集担当なので良く知っている。
しかし、その二人に関係性があるのは最近知った事だった。
「これ」
タダノブは紙袋をアキノに差し出す。礼儀としての菓子折りだ。
アキノはそれをありがたく受け取り、二人を灰色荘の中に入れた。
既にリビングのテーブルに燻水が座っている。ベランダに続く窓ガラスから注ぐ昼日がバックライトの様に彼を照らしていた。
初めまして、とミオとタダノブは互いに頭を下げる。勧められ部外者の二人は燻水の向かいに座った。
「…それで、お二人は此処に入居希望と」
直ぐに本題に入る。はい、とタダノブは頭を下げる。
「どんなに狭くてもいいから、雨風が防げれば」
その願いは切実だった。二人が住んでいたボロアパートは、取り壊す事になったのだという。
「…矢野さんの名で契約となってますが」
さっきから大人しく座っているだけの黒に、赤眼を向ける。
保護者には到底見えない、という目だった。
「一応、そうなってますね」
その悪びれも無い顔に、ミオも少し考える。
「この灰色荘に入るには、条件が有ります」
条件。
タダノブもそれをアキノから聞いていたので、固くなった。
「何か私に貢献出来る事、有りますか?」
ミオの眼が少し薄まる。
「それなんだが」
クロスケの右手が上がる。
「結君の給料アップ…では、いけないかい?」
その申し出に、ふむ、とミオは顎を持った。
結は、アキノのペンネームだ。
「成程…確かにそれは貴方しか出来ない事ですね」
燻水は頷く。
「では矢野さんはそれで。…相沢君は?」
俺ですか?とタダノブは俯いた。
「何か得意な事とか、これなら出来る、みたいな事は?」
そう言われ、黙り込む。
3人にお茶を出したアキノまで緊張してきた。
「ナアくんはね、家事が上手ですよ」
クロスケの助け舟にタダノブは慌てる。
「料理も美味しいし、洗濯も直ぐしてくれる。掃除は塵一つ残さないし、風呂も適温にしてくれます」
笑顔で話す黒に赤眼を丸くしてから、ミオは何故かクスクスと笑った。
「これは立派な特技ですよね?」
畳み掛けるクロスケを、ガクシャ!とタダノブは嗜めた。
「ええ、そうですね。家事が出来るのは大切な事です」
フフ、と口に手をやるミオに、場の空気が緩んだ。
「では、相沢君には共有スペースの家事をしてもらいましょう」
え、とタダノブは漏らす。
「そんな事で、いいんですか…?」
「ええ。それは私の負担を凄く軽減してくれます」
ミオは手元に置いてあった紙を二人の前に出した。
「これは契約書です」
クロスケはそれを覗き込み、タダノブも大きな安堵の溜息を吐く。
「アキノ、今日は手巻き寿司だと皆に言って下さい」
おっ!とアキノも笑った。
灰色荘に新しい仲間が増えた時。
その日の夕飯が手巻き寿司パーティなのは、いつもの決まり事だった。
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