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木枯らしが吹く真昼。
太陽は眩しいわりに暖かさが無かった。
さらりと靡く黒髪はその光すら遮断する。
未亡人は、右手に菊の花束を持って、そのブレーキ音を思い出していた。
背徳と闇の帷
4.弔泪
いらっしゃいませ、と言ってから、その緑はなんだ、と落胆した。
「久しぶりナミト」
花屋を訪れた黒いスーツ姿の男に、ミドリは改めて挨拶した。
「久しぶりじゃないだろう、全く」
いつも通りの作業エプロン姿のミドリに、長黒髪の男も溜息を吐く。
黒い彼は、浅上ナミトと言った。
ミドリの商売敵である彼の手に持っている菊の花束は手作りだ。
「今日が何の日か忘れた訳じゃないよな?」
「…ああ、あれ今日だっけ」
わざと惚けるミドリに、ナミトは花束を突きつけた。
「今年も花は用意したから昼奢れよ」
「ありがとう」
ミドリが差し出された花束を受け取る場面だけ見れば誰もがその状況を勘違いするだろうが、二人はそれぞれ拗れた恋愛をしている。
早く着替えて来なよ、とナミトが言うと、ミドリは金蜜の眼を細めた。
「そのうちジュウジがスーツ持ってきてくれる」
「また弟の手を煩わせてるのか」
「実はわざと」
「はいはい、相変わらずだね」
ゆったりと話をしていた時、声が聞こえた。
それは、怒声だ。
反射で振り向いたナミトは、その瞬間蒼白の顔になったミドリを見ていない。
その男は、ナミトを突き飛ばした。
「イサム!!!!!!こっちへ来い!!!!!!」
ぎょろついた目のその中年男は、ミドリの腕を掴む。
嫌っ、とミドリが震える声で言うのを見て、ナミトは中年男の肩を掴んだ。
「おい」
さっきより1オクターブ低い声で唸る。それに怯んだのか、男は両腕を振り払った。
その隙にナミトは庇う様にミドリの前に立つ。中年男は飛び出した目で、なんだよ!!!!!!と怒鳴った。
「まず、落ち着いてください」
それでもナミトは穏便に済ませようと声を掛ける。しかし男は聞かないばかりか、発狂の奇声を上げてナイフを取り出した。
ナミトは刃物くらいでは動じない。ただ、ああこれは警察を呼んだ方がいいな、と冷静に思っていた。
男がナイフを振り上げた瞬間、重くひしゃげた音を立て横へすっ飛んだ。
何事かとその拳の主を見ると、至る所にピアスを付けた黒スーツの青年が鬼の形相で立っていた。
「きさまあああああああ!!!!!!」
子供が見たら泣き出すだろうその般若面に、尻餅を突いた男はヒッと、声を上げる。
「た、タクミか…!!!?」
その名で呼ばれ、ジュウジの青髪は逆立ち金蜜の眼は絞れた。
男が取りこぼしたナイフを拾い、狙いを定め振り上げる。
「死ね!!!!!!!!!!!!」
しかし、その腕は掴まれた。
「殺しちゃだめ!!」
「でも兄さんコイツは…!!」
「殺したら、刑務所に行くのは、ジュウジだよ…!!」
その必死なミドリの顔に、ジュウジは固まる。
震える手に掴まれた腕を、ゆっくり下ろした。
「なっ、殴ったな…!!おっ、おお前が傷害罪だ!!!!!!」
男は喚くが、カチャ、と硬い物が脳天に押し付けられ息を止めた。
「お前、うるさい」
さらりと水銀が垂れる。
「金輪際この姉さんに近づかないのと、今頭ぶち抜かれて死ぬの、どっちがいい?」
蛇すら食う眼に、中年は訳の分からない事を喚きながら無様に這いつくばり逃げていった。
「ありがとう、ヒメユリ」
ナミトはヒメユリに礼を言う。
「ッス。黒鬼先輩のダチなら銀鷹組を挙げて護ります」
「その必要は無いし、その名前で呼ばないでくれ。今の俺は浅上ナミトだよ」
「…ッス、浅上先輩」
一連の流れに兄弟は言葉が出なかった。が、はっとしたジュウジは頭を下げて礼を言った。
気にしないで、とヒメユリは何事も無かったかの様に黒スーツの内ポケットに銃をしまう。
そんな姿を見て、アキノとユウリとミオは、純粋にかっこいいなと思いつつ口を閉ざしていた。
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