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ナミトは、その集団の中で黒鬼と呼ばれていた。
所謂暴走族だ。しかも、集団のリーダーだった。
その喧嘩と違法に明け暮れた日々に終止符を打ったのが、狭山ヨキナオだった。
彼は、リーダーである程の実力を持つナミトよりも強く、優しかった。
ナミトは、その墓石の前に花を生ける。
その間も、ヨキナオとの思い出を思い出していた。
ナミトが更生出来たのも、彼が励ましてくれたからだ。
明るい声で紡がれた言葉は何よりもナミトに響いていた。
そんな彼との思い出は、最後に血生臭く終わる。
ヨキナオは、ナミトの目の前で死んだ。
あの光景は、忘れたくても忘れられない。
子犬を庇いトラックに轢かれるのを、隣に居たナミトは止めれなかった。
なんで、あの人が死ななければならなかったのか。
あの日からずっと、心で引きずっていた。
どうしようもない運命を呪えば、黒曜石の眼が潤む。
「本当にアンタは、死ぬ時まで慈悲深いよな」
そう、呟いてしまった。
「あの、」
声を掛けられナミトは顔を上げる。
そこには、蒼い眼の少年が立っていた。
「もしかして…浅上ナミトさんですか?」
ばちりと名前を当てられ、黒い眼を丸くする。
「…はい。そうですが」
そう答えると、少年は良かったあ、と溜息を吐いた。
「いきなりすみません…僕は、狭山リョウタって言います」
そう名乗られてナミトは、あ、と漏らす。
「はい…狭山ヨキナオの弟です」
その名前を聞いて、ナミトは答えられなかった。
まさかヨキナオが自分の名前を家族に言っていたと思わなかったからだ。
「やっと会えた…。兄貴は、貴方の連絡先を教えてくれなかったから」
ナミトは、そうですか、としか言えなかった。
ヨキナオと同じ眼の少年は、ライターで線香に火をつけ線香皿に置く。
お花、ありがとうございます、と言われたので、ナミトは小さく会釈した。
「…君の事は、ヨキナオさんから聞いてます。良く出来た弟だと」
「えぇっ?兄貴そんな事言ったんですか」
なんだか照れるなぁ、とはにかみつつ少年は墓石を見つめる。
リョウタはズボンのポケットから煙草の箱を出し、流れる様な動作で咥えた。
あ、とつい口にすると、リョウタもああ、と言う。
「僕、成人なんで」
えっ、と、失礼だがまた零してしまった。
「皆同じ反応なんだよなぁ。なんでか中学から身長も顔も変わらないんですよ」
散々未成年だと思ってしまったが、免許証見ますか?とまで言われたら信じるしかなかった。
「まあ、喧嘩の時は油断されるからいいんですけど」
少し意地悪な笑みを浮かべたので、彼も"ヤンチャ"だったとヨキナオが語ったのを思い出す。
そんな弟が居たから、彼は黒鬼に怯まなかったのかもしれない。
「浅上さんはもう吸わないんでしたっけ」
「うん…でも、今は吸いたいですね」
わかります、とリョウタは煙草の箱を差し出した。
一本拝借し、線香用のライターで火を点ける。
こんな時は、吸わなきゃやってられなかった。
暫く無言が続く。でも、同じ動作をしていると親近感というものも湧いた。
リョウタは先に吸い終わる。携帯灰皿に吸殻を押し込むと、ふいに空を見上げた。
「…兄貴は、ナミトさんに遺言を残してました」
どうしても伝えたくて、とリョウタは続ける。
俺はナミトを、愛していた。
黒曜石の眼を見開く。
リョウタの言葉が、ヨキナオの声で脳に響いた。
「恥ずかしくて言えなかったけど、ナミトと過ごす日は、幸せだった」
君を、幸せにしたかった。
ナミトは煙草を取りこぼし、震えた。
今まで心底に鎮めていた激情が、眼から溢れる。
「…馬鹿」
「なんで死んだの」
「俺だって、アンタと居たから幸せだったんだ」
「アンタの居ない世界は、もう何も無いのに」
「馬鹿。なんで言ってくれなかったんだ」
「俺だって、愛してたんだから」
馬鹿、と繰り返し、止まらない泪を拭った。
「会いたいよ…馬鹿…」
感情が泪となって流れていく。遂にはしゃがみ込み、声を出して泣いた。
壺に収まる大きさになってしまった人を、想う。
リョウタも啜り泣きを聞くだけで、何も言わなかった。
線香の煙が、乾いた空に昇っていく。
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