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車の中に居た時から、その兄弟は手を繋いでいた。
俯いたままの兄を、弟は見つめる。
そんな二人をフロントミラー越しに見て、ナミトは先程の事件を考えていた。
言われなくても、あの狂男が二人の父親だとわかる。
そして二人の本名も、恐怖と憤りの顔も、墓まで持って行こうと決めていた。
郊外の寺院に近づき、速度を緩める。
停車した車から出た喪服の団体は、それぞれの目的地へ向かった。
二人が母親の前に来るのは、一年に一度だけだ。
立派な墓石は埃一つ無い。
親族が綺麗にしてくれている事に感謝しつつも、その姿は絶対に見せられなかった。
一言も無しに、弟は家を出た。
兄は、一族から追放されている。
そんな二人が、親類に顔を出せるわけがなかった。
豪勢な花束の中に、こっそり一輪菊を混ぜる。
線香を置く時だけ、ミドリとジュウジは手を離した。
「…覚えているか、兄さん」
ジュウジは語る様に呟く。
「兄さんがカブトムシを捕まえて持っていくと褒めてくれたが、母さんは虫が苦手だったんだ」
「二人でピアノの練習をしていた時、母さんは隣で聴いていてくれたよな」
「母さんの手作りアイスを兄さんが食べ過ぎた時、本当に心配したんだぞ」
他にもぽつりぽつりと、幼い頃の思い出をジュウジは話す。
その情景には、いつも母親が居た。
「…そうだったね」
あの幸せは、母親が死んでしまった時に壊れた。
今はやっとそれも取り戻せた。
この、歪な形で。
「ねぇ、ひまわりを覚えてる?」
ミドリの呟きに、ジュウジは首を傾げた。
「君が昔くれたんだよ、背丈より大きなひまわりを」
「…ああ、そんな事もしたな」
線香を置いたミドリは立ち上がり、振り返る。
「あれ、本当に嬉しかったんだから」
ミドリはまたジュウジの手を絡め取り、やっと笑った。
「ひまわりの花言葉、知ってる?」
ミドリの問いにジュウジは首を横に振る。
「"あなただけを見つめる"だよ」
そう言うと、ジュウジは面くらい頬を赤くした。
「…そう、だったんだ…」
ただ、綺麗だったからあげたひまわりだった。
そう白状すると、ミドリは抱きついてくる。
「今日のお昼、焼肉にしようね」
ジュウジもその腕を背に回した。
「わかった。皆に提案しよう」
黒い墓石の前で、二人は見せつけた。
そんな姿を見て、母親は何て思うだろうか。
空がはらはらと泣き出した。
冬に舞う冷たい泪は、奇妙な墓参りを想っている様に見える。
若い住職がそう言うと、たまたま居合わせた男は、まさか、と鼻で笑った。
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