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それまでの人生、運命なんて信じていなかった。
それに身を任せるほど、人生を他に許したつもりは無い。
でも、そのアメジストの眼を見た時、
“運命”という言葉が、頭を過った。
赤薔薇の花束
「会ってみればいいじゃない」
春色は軽くそう言った。
「でも…」
アキノは言い吃る。それを見てコハルは小さく笑った。
「だって会いたいんじゃないの」
「まあ、それはそうなんだけど…」
色々な葛藤を言葉にしきれないアキノを見て、コハルは毒煙を吸い、外気に吐く。
「出会いっていうものは自分で取ろうとしないと手に入らないよ。それが友達でも、恋人でもね」
春色の助言にアキノは狼狽えた。
「こ、恋人とか」
コハルは小さく笑う。
「感謝の気持ちを伝える為だけでも会えばいいじゃない。それから先は成り行きに任せてさ」
「それでいいん」
「いいんだよ。だって半年もやりとりしてる仲なんでしょ」
「…会っても、いいのかな」
「大丈夫だよ。頑張って」
そのコハルの適当とも取れる言葉に後押しされ、アキノはそのメル友にメールを送った。
煩い筈の蝉の声が遠い。
じりじりと焦がすような日差しに汗が伝うが、そんな事は気にならなかった。
駅前のよくわからないモニュメントの前で立つ。
少し早めに着いたから、必然的にその人を待つ事になった。
その人はアキノの創作を応援してくれる人間で、一次、二次、文字漫画拘らず全て目を通してくれる人だ。
クリエイターとして、「ガチ勢」と称せる人間を好きにならない訳がない。
ただ、この好意は受け取ってもらえないだろうと思っていた。
あくまで作家とファン、半年続いたメル友としての仲だ。
だから会おうとこの場を作ってくれただけでも、飛び上がる程嬉しかった。
ただ、会って何かが変わるのが怖かった。
でも、会いたいという気持ちの方が優ってしまったのだ。
「…あの」
「!!っはい!!」
声を掛けられ顔を上げる。
視界に紫の宝石が入り、一瞬呼吸が出来なかった。
そのアメジストの眼は笑う為に細まる。
「貴方が、五月江さん?」
「はっはい!」
ペンネームで呼ばれ、その少年が待ち人であると確信した。
「初めまして…も、何か変だけど…俺がすいです」
その名前で本人だと認識する。その所為で舞い上がり、初めまして、という言葉は上ずってしまった。
「五月江さん、男性なんですね」
え、とアキノは漏らす。
「だってあんな綺麗な文と可愛い絵柄だから、勝手に女性だと思ってました」
アキノは何だか恥ずかしくて、顔に血が昇った。
「男ですみません…」
「いえいえ、関係無いですから」
兎に角、楽しそうに笑ってくれてるから良かったな、とアキノはほっとする。
「立ち話も何ですし、取り敢えず何処か入りましょうよ」
親指で外を指す少年に、アキノは頷いた。
二人は、よく使うカフェに入る。
勿論一緒に入るのは初めてだ。しかし、二人ともこのカフェを利用するくらい近い場所に住んでいた。
それもまた偶然にしては出来過ぎな気さえする。やはり、運命の神様が二人を繋いでるのかもしれない。
そう思うくらいには、アキノは現金でロマンチストだった。
「…なんか、敬語やめません?」
無糖のアイスコーヒーを啜り、アメジストの彼ははにかんで言う。
「家も年も近いし、なんかそんな仲じゃない気がして。嫌ならいいんですけど」
「え…それは、嬉しいけど」
「じゃあ良かった!」
改めて向けたその笑顔に、アキノも表情が柔らかくなった。
タメ口をきいていいとなると、その気楽さからするすると言葉が出る。
それから、日が暮れるまで喋り通した。
「また会ってくれる?」
黒髪に眼鏡の少年はそう訊く。
なんだかその綺麗な眼が妖艶さも含んでいる様に見えて、どきりとした。
「うん。また会って話したい」
アキノがそう答えると、すいは本当に嬉しそうに笑う。
「じゃあまた連絡するから」
自然とLINEを交換して、その日はお開きになった。
駅の改札で別れる。すいは私鉄で一駅の所に住んでいた。
その一週間後、二人はまた会った。
集合場所に着いた途端、はい、と花束を渡される。
その小さな赤い薔薇の花束に、アキノは面食らった。
「貰っていいの?」
「花、嫌いだった?」
「ううん、凄い嬉しい」
アキノは破顔する。その日は花束をずっと持って過ごした。
るんるん気分で灰色荘に戻ると、コハルはあらあらとその花束を指摘する。
「なかなか情熱的な子なんだね」
なんで?とそういう事に疎いアキノは訊き返す。
「赤い薔薇の花言葉は、愛情だよ」
それを訊いてアキノは顔を真っ赤にした。
「そ、それって事は」
「脈アリなんじゃない?」
まさかまさか!!と両手を振って否定する。が、本当に自分に愛情を向けているならどんなに良いだろう、とも思ってしまった。
あんな素敵なアメジストの眼に自分が映るなら、自分の赤い眼に綺麗な彼の姿が映るなら、と期待もしてしまう。
いやいや、と頭を振るが、それで自分がすいを好きである事に気付いてしまった。
ふふ、とコハルは青春の匂いに小さく笑う。
そんな事が有ったから、その後のLINEもどこかギクシャクしてしまった。
その心が見え透いてしまったのかもしれない。今度会う時は、言いたい言葉が有る、とすいは言ってきた。
そして、その二週間後に会った時、すいは自分の本名を教えてくれた。
「帝国院ユウリ…とっても良い名前だね」
どうしても目が泳いでしまうが、アキノはそう褒めた。
「アキノも素敵だよ。明ける空の名前だ」
ユウリの語彙力に感心してしまう。今度作品で使おうと思った。
「それでさ…この前貰った花束だけど」
「あ、やっぱり邪魔だった?」
「ううん、綺麗だから部屋に飾ったよ。…じゃなくて、花言葉がさ…」
恥ずかしくて言葉が詰まってしまうが、ユウリは机に置いたアキノの右手を取る。
「うん。俺の気持ち、込めたよ」
それが告白だと、アキノは鈍くないのでわかった。そのアメジストの眼が真剣な色をしていて、混乱すらしてしまう。
「じゃあ、ユウリは、俺の事が、」
「うん、好きだよ」
その本気の言葉に、何故か目頭が熱くなった。
「ごめん、やっぱり気持ち悪いよな。3回しか顔合わせてない、しかも同じ男の俺の告白なんて…」
そう言って外そうとする手を、アキノは握り返した。
「嬉しい」
ただその一言を言うのがやっとだった。でも、それで気持ちは伝わったようだ。
「じゃあ…」
ユウリの手がアキノの手に絡まる。
「付き合って、くれる?」
おずおずと訊く紫の眼にアキノは大きく頷いた。
「宜しくお願いします!」
そこが人気の有るカフェの一角である事を二人は忘れ、そんなやりとりをした。
側から見たら面食らう状況だったろう。それでも、二人はもう気にしていなかった。
今思えば本当にとんとんと進んだよなあ、と自室で隣に座るユウリを見ながらアキノは思った。
でもそんなものだろう。元々半年やり取りをして、好意はお互い共有していた。
ただこんな関係になるとは思わなかった。そんな事を思いながら、アキノはユウリの手を絡め取る。
「何?」
「別に。やっぱりユウリは綺麗だなって思っただけ」
紫水晶の眼が赤を映した。
「アキノも綺麗だよ」
二人は自然と唇を合わす。
その心まで合わさった様で、アキノはいつもこの瞬間が好きだった。
はじめての恋人の、はじめての言葉が、今でも心に残っている。
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