ペルセウス座流星群

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ペルセウス座流星群

 うちに着いてからメアリおばさんが家に着くまでに机を拭いたりして食卓を整えておいた。メアリおばさんの無事は確認できたし、俺は何を思い過していたのだろうか。  晩ごはんの食材は家にすでにあった。さすがおばさん。カボチャがあるから、カボチャスープでも作るのかな。俺が作っておいてやるか。ユーリは器用な俺の手先を見て指差した。 「そこ、怪我してるのか?」  左手の親指の爪は剥がれている。けれど、もう薄い膜が張っていて痛くない。どこで怪我したんだっけ? まあこんなの大した怪我じゃないだろ。  メアリおばさんは帰ってくると質屋で手にした金貨を奥の部屋の小箱にしまった。大事な貯金だ。それから俺の作った料理を散々褒めてくれた。 「よくカボチャスープだって分かったわね?」 「当然だよ」  ユーリもカボチャスープを喉に注ぎ込んでいて、少し急いている。、何故か苦しそうに見える。 「うまいか?」 「うん。ごちそうになって悪い。ペルセウス座流星群は、そろそろじゃないかな?」ユーリの落ち着きがないのはそれか。  もう少しゆっくりしていけばいいのにと思ったが、メアリおばさんは夜だから気をつけて行ってらっしゃいと天使のような顔で微笑んだ。  俺は先ほどまで何を焦っていたのだろうか。こんなに今が幸せなのに――。メアリおばさんのこの笑顔がこれで最期になるなんて思わなかった。  ユーリは、俺の家を出てからは全力疾走でさっきの草原を駆け登って行く。遠くに隣町の黒い町アーソーンが見えた気がしたが夜の帳でよく分からない。あの町は蝋燭の灯りさえ灯していないのかというぐらい暗い。  ウォーデンのほかの住人もたくさん来ていた。各々が星をああでもない、こうでもない、あれかなと指を指して心待ちにしている。  ユーリも足を小刻みに動かして空に目を凝らしている。星は十分すぎるくらい見える。白い砂を撒き散らしたみたいに好き勝手に光っていて、明るさや色も自由だ。 「なあ、ユーリ。俺何か忘れてる気がする」  ユーリはまた呆けた顔をして俺を馬鹿にする。 「さっきから何だよ。お前今日変だよ」 「何か大事なことを思い出さないといけないんだ。だけどそれが何なのか分からないし、それが大変なことになるのは分かってるんだけど、止められないんだ」自分でも何を言っているのか分からないが、本能的に知っている。  誰かがどこかで死ぬ。  それが事実なのかは分からないしそう思いたくないけど。だとしたら俺はユーリに謝らないといけないんじゃないだろうか?  でも何を。  黒い雲に吸い込まれたのは一筋の光、目を凝らして後続の光を見やると力んだ瞳から涙が滲んで霞んだ。白い流れ星が一つ。また一つと水色の空の遠方から黒い雲に飛び込んでくる。 「来たー!」  ユーリは思わず空に手を伸ばす。 「馬鹿かよ届くか」  また一つ。そうだ、願いごとを考えないと。雨雲が迫ってきていて次々に雲に飛び込んでいく流れ星。今夜はそう長くは見られないかもしれない。早く願わないと。  俺の願いって何だっけ。  何か強烈で恐ろしい考えが浮かんだ気がしたがユーリの歓声に思考はかき消された。流れ星は弧を描き空をかき回すように落ちてくる。  俺の願いは?  流れ星の一つが轟音を立てた。赤い光と閃光。黒い煙。ユーリがあっと呟く。これだ、俺が予期していて恐れているもの。熱、光、悲鳴。  降ってきた流れ星がウォーデンの町を吹き飛ばした。
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