約束

1/1
前へ
/9ページ
次へ

約束

新羅の恋はまだ、扉絵を開いたばかりだった。 ありったけの勇気を振り絞って、クラスメイトの永遠(とわ)をデートに誘った。 永遠はオンラインクラスでしか会ったことのない相手だが、ことあるごとにプライベートルームに招き入れていた。 交わした会話を思い出し、今やふたりの距離は標準スケールに収まるまでに縮まったはずだと、新羅は自分に言い聞かせる。 永遠はモデルのようにすらりとした体型で、綺麗に切りそろえられた髪はベージュ色をしている。近未来のヒロインを象ったようないでたちで、話し方もはつらつとしている。新羅の心は、そんな永遠の微笑みに、いとも簡単に打ち抜かれた。モニター越しだというのに、第一印象は鮮烈すぎるものだった。 そんな彼女を誘う口実は、空に咲く大輪の花にしようと、新羅は心に決めていた。 『永遠、今度の花火(ファイヤーワーク)の日の夜、気温が30度を下回るんだってさ』 『うん、聞いた聞いた。すごいよね、何年ぶりなんだろう、そんな冷夏!』 『そこでなんだけどさ。もしよかったらその花火――俺と見に行かないか』 『ええっ、行ってみたい! ――でも、新羅君の家は夜の外出、親が許すの?』 永遠の声は急に不安げになる。無理もない、なにせ世界の情勢はきわめて不安定なのだ。 某国の指導者が暴走し始めたことをきっかけに、世界は不穏な空気に包まれていた。互いに牽制を図っていたが、某国は戦況が不利になるとみるやいなや、禁断の兵器をちらつかせつつ、近隣の国々へ威嚇攻撃をし始めたのだ。 日本も多分にもれることなく、標的として戦いの渦に巻き込まれていた。その煽りを受けて散発的な空襲が起きていたのだ。 凍りつくような緊張感のなか、誰もが平穏な日常が戻ることを願い過ごしていた。 『前から夏休みだけは、夜に外出したいってお願いしてたんだ。それに家にいたって危険なものは危険じゃないか』 『たしかにそうよね……。浴衣で外を歩けるチャンスなんて、もうないかもしれないし』 『浴衣かよ、それは萌えるな』 『うわぁ、久しぶりに聞いたなあ、その古典的な表現。でも花火って言えば浴衣、これは古き時代からの女子の憧れよ』 直接会うということは、視覚と聴覚だけの世界を超えて、匂いや雰囲気、そして体温を感じることができるのだ。 それがいま、叶おうとしている。 『あと万が一のときに備えて、意識の転写は済ませておかないとね』 『もちろんだって。毎日ちゃんと行ってるよ。だから、この約束のこともちゃんと記憶しておくね』 新羅は自分が永遠の記憶に刻まれるのだと思うと心がときめいた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加