24人が本棚に入れています
本棚に追加
花火の夜①
そして約束の日の夕刻、新羅は待ち合わせの場所へと向かった。
交互に訪れる期待と不安のせいで、歩調が早まったり遅くなったりする。
橋のたもとで見つけた永遠は、可愛らしい水玉模様の浴衣を纏っていた。新羅の心臓が一発、派手に跳ね上がる。相手も気付いたようで、口元を緩めて小さく手を振った。愛らしい仕草に心臓が疾走して血の気が引きそうになる。けれどここで倒れるわけにはいかない。
「あ、あの……俺、新羅。リアルでは初めまして、かな……」
「やだぁ、何緊張しちゃってるのよ。いっぱい話してたでしょ。せっかくの機会なんだから、ふたりで楽しもうよ!」
「そっ、そうだよね。来年は花火やるかわからないし」
「日本があるかも分からないしね」
永遠の言うことはあながち冗談ではない。現実として打ち寄せている懸念なのだ。新羅は黙ってうなずく。
橋の上には多くの家族連れやカップルが押し寄せていて、皆、花火の始まりを待ちわびている。
しばらくして、どん、と一発、五臓六腑を揺さぶる音が鳴り響いた。
少しの間を置いて群青色の空に大輪の花が散りばめられる。
歓声が上がり、それから拍手の音が溢れかえる。
永遠も空を眺めて嬉しそう。無邪気に両手を叩き、それから新羅のほうを見て悪戯っぽい笑みを浮かべた。
永遠は拍手の手を下げ、新羅との距離を少しだけ詰める。その瞬間、永遠の手がかすかに新羅の手に触れた。一瞬、すれ違っただけかと思ったが、そうではない。目だけ動かして確かめると、永遠は小指でちょいちょいとくすぐっていた。
間違いない、永遠は手を握ってほしいと、誘いをかけているのだ。空を眺める横顔が、いじらしく色づいている。
けれど、新羅にはその手を取るだけの勇気がなかった。緊張のあまり、ただ身をこわばらせ、夜空に広がる光の祭典を仰ぎ見ることしかできない。
この瞬間を逃したら、次はもう訪れないかもしれないとわかっているのに。
「あっ、あれ、なんだろう?」
ふいに永遠が花火とは離れた場所の空を指差した。雲の奥で光が規則的に点滅していた。たぶん、空を横切る飛行機なのだろう。
目を凝らすと、その飛翔体は牛のような重苦しい姿をしていた。
その後ろからは、戦闘機が二機、円を描くような軌道で追尾していた。まるでその『牛』を護衛するかのような秩序立った飛翔に嫌な予感がした。
突然、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。
「緊急事態、全員退避!」
新羅の体中の毛が逆立った。間違いない、あれは敵国の爆撃機だ。
花火を見に来ていた観客たちは恐怖の叫び声を上げ、いっせいに駆け出してゆく。
その直後、空が真昼のように輝き、大地を揺るがす爆音が轟く。
新羅は強烈な暴風に吹き飛ばされ、橋の欄干に体を強く打ち付けた。
最初のコメントを投稿しよう!