花火の夜①

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花火の夜①

そして約束の日の夕刻、新羅は待ち合わせの場所へと向かった。 交互に訪れる期待と不安のせいで、歩調が早まったり遅くなったりする。 橋のたもとで見つけた永遠は、可愛らしい水玉模様の浴衣を纏っていた。新羅の心臓が一発、派手に跳ね上がる。相手も気付いたようで、口元を緩めて小さく手を振った。愛らしい仕草に心臓が疾走して血の気が引きそうになる。けれどここで倒れるわけにはいかない。 「あ、あの……俺、新羅。リアルでは初めまして、かな……」 「やだぁ、何緊張しちゃってるのよ。いっぱい話してたでしょ。せっかくの機会なんだから、ふたりで楽しもうよ!」 「そっ、そうだよね。来年は花火やるかわからないし」 「日本があるかも分からないしね」 永遠の言うことはあながち冗談ではない。現実として打ち寄せている懸念なのだ。新羅は黙ってうなずく。 橋の上には多くの家族連れやカップルが押し寄せていて、皆、花火の始まりを待ちわびている。 しばらくして、どん、と一発、五臓六腑を揺さぶる音が鳴り響いた。 少しの間を置いて群青色の空に大輪の花が散りばめられる。 歓声が上がり、それから拍手の音が溢れかえる。 永遠も空を眺めて嬉しそう。無邪気に両手を叩き、それから新羅のほうを見て悪戯っぽい笑みを浮かべた。 永遠は拍手の手を下げ、新羅との距離を少しだけ詰める。その瞬間、永遠の手がかすかに新羅の手に触れた。一瞬、すれ違っただけかと思ったが、そうではない。目だけ動かして確かめると、永遠は小指でちょいちょいとくすぐっていた。 間違いない、永遠は手を握ってほしいと、誘いをかけているのだ。空を眺める横顔が、いじらしく色づいている。 けれど、新羅にはその手を取るだけの勇気がなかった。緊張のあまり、ただ身をこわばらせ、夜空に広がる光の祭典を仰ぎ見ることしかできない。 この瞬間を逃したら、次はもう訪れないかもしれないとわかっているのに。 「あっ、あれ、なんだろう?」 ふいに永遠が花火とは離れた場所の空を指差した。雲の奥で光が規則的に点滅していた。たぶん、空を横切る飛行機なのだろう。 目を凝らすと、その飛翔体は牛のような重苦しい姿をしていた。 その後ろからは、戦闘機が二機、円を描くような軌道で追尾していた。まるでその『牛』を護衛するかのような秩序立った飛翔に嫌な予感がした。 突然、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。 「緊急事態、全員退避!」 新羅の体中の毛が逆立った。間違いない、あれは敵国の爆撃機だ。 花火を見に来ていた観客たちは恐怖の叫び声を上げ、いっせいに駆け出してゆく。 その直後、空が真昼のように輝き、大地を揺るがす爆音が轟く。 新羅は強烈な暴風に吹き飛ばされ、橋の欄干に体を強く打ち付けた。
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