旅立ち

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新羅は相も変わらず地球(ビオトープ)を眺めている。 その視線は熱を帯びていて、希望に満ちていた。 かたや新羅に呼ばれた潜水は、スクリーンに映し出された光景に絶句していた。 データ解析を初めてから、長い年月が経った。ひとつになった大陸は植物の楽園となり、さまざまな生物を育んでいた。 イルカのような生物は大きな頭と細い手足を有した生物に進化していた。かつてフィクションとして語られた「宇宙人」さながらの姿だ。 画面の右側には数十行にわたる文字列が並べられている。 「どうだ、潜水。見事なものだろう。俺は彼らをユサイと命名した」 「なんてことだ、信じられない……」 潜水の度肝を抜いたのは、地球における新たな生物の進化ではない。新羅が彼らと交わした、親密な会話の記録だった。 新羅の開発した翻訳プログラムは、ほぼ完璧に彼らの言語の意味を捉えていた。そして同じ波長の電波を発することで、新羅も彼らに言葉を届けることができた。 完璧な意志の疎通が実現していたのだ。 潜水は入念に画面の文字列に目を通す。 『神よ、あなたに問いたい。なぜ、あなたは我々の前に姿を見せないのですか』 『それは我々が、実体を持たない、意識だけの存在だからだ。だが、我々の意識の源泉は、常にユサイたちの頭上にある』 『ああ、あのひときわ眩しく輝く星が、神がお住まいになる世界なのですね』 『そうだ。我々はそなたたちが生まれる遥か太古より、生物の進化を見届けてきた』 『なんと畏れ多いことです!』 スクリーンの左半分にはユサイを映した画像が流れている。 ユサイは横一列に並び、地面にひざまずいていた。あたかも祈りを捧げているようだ。 「新羅、お前、あの生物に『神』として崇められてるのかよ」 「ああ、そうみたいだな。だけど俺が注目しているのはそこじゃない」 ふたりの視線はさらに続く会話をトレースする。 『それでは神にお尋ねしたいことがございます。我々は大地に埋もれた文明の遺産や未知の生物の化石を発見しました。かつてこの世界には、栄華を極めた生物がいたのでしょうか』 『ユサイよ、それを知ってどうするのだ』 『彼らの築いた文明を知りたいのです。残念ながら我々の時間跳躍は、同胞が存在していない時代にはたどり着けないのですから』 『時間跳躍……?』 『はい、そうです。我々は被術者の意識を過去に転送し、同胞の脳に共調させることで過去の世界に干渉することができます。とはいえ、神ならば造作もないことかと』 その言葉を読んだ潜水は驚いて新羅の顔を見た。新羅の横顔は刃身が輝くように笑っていた。会話はさらに続く。
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