旅立ち

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『どうやらその能力は、新たな進化を遂げたユサイたちの特権のようだ。そこで尋ねるが、そなたたちは私の意識を用いて、私の記憶にある過去へ旅立つことは可能か? ――私は、栄華を極めた文明に生きた、最後の人類だ』 『なっ、なんと、神よ! あなたがまさか、かくのごとき存在だったとは! そして、我々の願いを叶えていただけるとは! ぜひ、かつての輝かしい世界へご案内ください!」 『よろしい。ただし、その転送の時間と相手は私が指定させてもらう』 『はっ、はい! しかしなぜ……?』 『世界の滅亡を目に焼き付けてほしいからだ。人類の犯した、愚かな行為をそなたたちが繰り返さないためにも』 潜水は呆然として新羅に尋ねる。 「まさかお前……あの生物の能力に賭けてみるつもりなのか?」 けれど新羅の決心は揺るぎなかった。 「ああ、実はもう準備は整っている。これから、あの夏の夜に旅立とうと思ってな」 「お前……時間跳躍は物理的に難しいぞ。だいたい、両手でいくつまで数を数えられるか知ってるのか」 「二進数で計算すれば千二十三ってことだな」 「過ぎた年月はそれを十万倍した年数だ。目的の時間への到達は、針の穴を通すような――いや、素粒子を捉えるような難易度だろうな」 「そうでもないさ。どんなに大きな自然数だって、すべて素数で割り切れるものさ。可能な限り素因数分解していけば、確実に目的の一点を捉えられるだろうさ」 「はっ! 相変わらず頑固な奴だな」 だが、新羅にはひとつだけ大きな懸念があった。それは時間跳躍における、復路の確保だ。 「そこでお前に頼みがある。ユサイと俺の意識がこの世界に戻るための目印になってほしい。3日ほどでいい、『NOAH』から電波星以上の強い電波を発してほしい。お前になら任せられるからな」 「ははっ、そういうことか。帰還したら世界は変わっているだろうな」 新羅は立ち上がり、潜水に向かって拳を突き出して見せる。 潜水も新羅に向き合い、拳を握りしめた。 「それでは健闘を!」 「ああ、必ずまた会おう、潜水!」 ふたりは拳を突き合せた。こつっ、と触れた瞬間、新羅の躰は点滅する光の粒子――「0」と「1」となって飛散してゆく。 そして螺旋を描きながら、地球(ビオトープ)に向かって放たれていった――。
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