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プロローグ
悠遠の時の中で、ビオトープを眺めていた。
漆黒のスクリーンの中央には、円形をした碧い球体が映し出されている。
水面には荒れ果てた地肌が顔を覗かせていた。
新羅は淡い期待を胸に秘め、視野を拡大させていく。しばらく念入りに見渡した後、今度は照準を水辺へと向ける。偏光フィルターのスイッチを入れて水中の情報を拾いあげようとするが、やはりそこに動物の姿はない。
新羅はため息をひとつついてうなだれた。どれほど同じことを繰り返しているのか、数えるつもりなどなかった。
「新羅、お前さぁ――いつまで過去にこだわってるつもりなんだよ」
背後からの声に振り向くと、呆れ顔で新羅を見やる青年の姿があった。旧知の友人、潜水だ。
「まったく、記憶を消しさえすれば楽になれるってのによ。俺からマザーに頼んでやろうか?」
「余計なお世話だ、潜水。俺が忘れちまったら、あいつが可哀想だろ」
「いやはや、ノスタルジックなことですな。過去ってのは、過ぎ去った時間のことだろ? 昔の映画みたいな超常現象を信じてるわけじゃあるまいに」
「ダークエナジーの存在すら否定するお前に言われたくないぜ」
「はん! タイムリープが実現不可能だってことは、とうの昔に証明されたじゃねーか。俺は理論的に語ってるんだ」
潜水の口調は厳しいが、それは過去に縛られ続けている新羅を案じてのことだ。
けれど新羅が聞き入れることはない。潜水に向けた視線をほどく。
「俺には無駄に時間があるんだ。だから自由にさせてくれないか」
そう言って、ふたたびビオトープを見つめた。
そんな新羅の胸中では、いつまでも拭うことのできない呵責の念が波音のようにざわめいていた。
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