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「いま分かってることは、悦子さんが夫の博之さんに対して殺意を持っていたこと。でも、その殺意がなんで沸いたのかは分かってません……衝動的に憎いと思ったからかもしれないし、愛する誰かを守りたかったかもしれない」  刑事はそこまで言うと手すりから離れ、恵梨香に近付いた。 「仮にいま悦子さんを釈放したとします。なぜあのとき殺意を持ってしまったのか、それを曖昧にしたまま……」  カツカツと音を立てていた靴音はピタリと止み、刑事は車椅子に座ったままの恵梨香を見つめた。 「そのとき彼女は本当に人殺しをしないと、あなたは自信を持って言えますか?」  刑事の目が恵梨香を捉える。恵梨香は何も言えなかった。"もちろんしません"と即答はできなかった。それが逆に答えになり、刑事は宥めるように恵梨香に告げた。 「必要な過程なんです。これ以上犠牲を出さないためにも」  そして、淋しそうな表情を見せた。  "必要な過程"  恵梨香は刑事が放ったその言葉を、頭の中で繰り返した。  博之を殺したのは英斗……これは自分が知ってる紛れもない事実だが、悦子は警察に殺意を明かして、自分が不利になるような状態を作っている。  そのとき、ひとつの可能性が恵梨香の頭の中に浮かんできた。 ──あの日、悦子は本当に博之を殺そうとしたのではないか……?  恵梨香は考えを巡らせた。  例えばだ。英斗が現れようがなかろうが、実はあの日の博之の夕食には毒物が混入されていて、博之は殺される運命にあった……それは一番しっくり来る可能性であったが、いまとなっては確かめる術もなく、所詮恵梨香の推察に過ぎなかった。 「それから、最後に英昭さんの話です」  そのとき、刑事の声が横から聞こえてきた。話題がいきなり自分の家族のことになり、恵梨香はハッと我に返った。  刑事は乾いた唇を舐めた。 「現在警察は、英昭さんが何者かに襲われた後に遺棄されたとして犯人の行方を追っています。同時に、英斗くんの行方も……」  その名前を聞いて、恵梨香はすぐに俯いた。  警察の捜査によると、英昭が死亡したと思われるその日から、英斗の行方が分かっていない。残された手がかりは、恵梨香が抱き抱えていたピエロのぬいぐるみのみとなっていたが、ぬいぐるみは輸送中に忽然と姿を消し、唯一の手がかりは消滅した。 ──結局分からずじまい。  恵梨香は、深い溜息を吐いた。
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