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「私は、どうすればよかったでしょうか……?」  恵梨香は、空に向けて呟いた。 「英斗が言ってました、"子どもは親を選べない"って……たしかにそうだなと思いました。だから、親は子どもにとって最善の選択をする義務がある……でも、私はその選択を誤った……」  そこまで言うと、恵梨香は俯いて自分の足元を見た。  一連の事件で受けた代償は大きかった。愛美によって貫かれたナイフは脊髄にまで到達し、医者によるともう立って歩くことはできないらしい。今までパートで働きつつなんとか生活できていたものの、こうなってしまっては仕事を辞めざるを得なかった。  現在、夢香は恵梨香の母親が面倒を見てくれているが、いつまでもそう頼るわけにはいかなくなるだろう。今後生活が厳しくなってくるのは目に見えていた。場合によっては、夢香を施設に預けたり里子に出したりという選択肢も出てくる。  "夢香が幸せになれるように"  いつもそう考えているし、今後もそう考えていくつもりだが、恵梨香は自分が手に取る選択肢に自信を持てずにいた。 「英昭と出会わなければ英斗も夢香も生まれて来なかった。だから、そこじゃないと思うんです。問題はその後の行動で……」  恵梨香は、膝の前でぎゅっと拳を握った。 「英斗を幸せにしてあげられなかったいま、残された夢香にどうしてあげれば一番いいか……わからないんです……」  拳に力が入りすぎて、腕は棒のようになった。夢香までも不幸にさせてしまいそうな自分が、恵梨香は怖くて堪らなかった。そして、考えれば考えるたび、姿勢はどんどん前のめりになっていった。 「そんな難しく考えなくてもいいのでは?」  隣から聞こえてきた声に反応して顔を上げると、目つきも口元もすっかり柔らかくなった刑事の顔が見えた。 「自分が行動した結果、幸になるか不幸になるか……それは蓋を開けてみないと分かりません。むしろその結果を受け止めてどう思うかの方が重要ですなんですよ、きっと」  すると、刑事はその場に正座して恵梨香の拳を取った。 「気持ちがあるなら間違った選択肢なんて存在しません。それが子どもを幸せにすることを考えて取った行動なら、あなたは間違ってなんかない」  刑事の言葉がじんわりと恵梨香の胸の奥に響いていく。気付くと目頭が熱くなり、涙が一粒だけ拳に落ちた。  恵梨香は刑事を見てゆっくりと頷いた。  言葉がまだ響いている。その言葉を胸の中で繰り返すたび、弱り切った心は洗われていく気がした。
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