5/7
前へ
/103ページ
次へ
「あ……」  すると、突然朱美の口が開いたまま固まった。恵梨香が彼女の視線を追うと、そこにいたのは悦子(えつこ)だった。彼女は夢香と同じキリン組の子どもを持つママさんのひとりだ。  服装は恵梨香と対照的で、無地のトップスに、ジーパンという地味な格好をしており、長い髪を簡単に後ろで束ねていた。 「るいちゃーん! おはよう!」  校門で待っていた愛美は、悦子の娘の瑠衣(るい)に気付いて手を振った。 「おはようございます……」  愛美と目が合った瑠衣は、口角を下げたまま愛美に一礼した。  愛美は快く瑠衣を迎え入れ、悦子に軽く会釈をしながら背を向けた。瑠衣も愛美に促されながら、向こうへ走っていく。 「早くどっか行ってくんない? 根暗がうつる」  少しして、息の混じった粘りのある声が、恵梨香の背後から聞こえてきた。振り返ると、朱美が厭らしい目つきで悦子を見つめていた。  悦子の方はこちらに背を向けたまま静止していて、聞こえているかどうかは定かではなかった。  途端に、他のママさんたちが小声で話し始めた。 「そういえば悦子さん、この前の懇親会もお休みだったよね……?」 「こないだ私、悦子さんに声掛けてあげたんだけど、無視されて……」 「ええー、何それ? 感じ悪いー」 「もー、何考えてるか分かんないし、笑わないから気味も悪いし……」 「しっ! 聞こえるよ!」  ママ友の集団は一斉に彼女を見た。視線を感じ取った悦子は、目を合わせたまま静止していたが、しばらくすると視線を外し、何も言わずにその場から立ち去ってしまった。 「親があれじゃー、子どもが可哀想よねー」  朱美は冷たい笑みを浮かべた。周りのママ友は、そんな朱美を祭り上げるがごとく、全員揃って首を上下に振っている。 ──バカらしい。  恵梨香は心の中で毒を吐いた。ふたたび向こうを見ると、逃げるように走り去っていく悦子の後ろ姿がまだ見えていた。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加