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「あ……」
すると、突然朱美の口が開いたまま固まった。恵梨香が彼女の視線を追うと、そこにいたのは悦子だった。彼女は夢香と同じキリン組の子どもを持つママさんのひとりだ。
服装は恵梨香と対照的で、無地のトップスに、ジーパンという地味な格好をしており、長い髪を簡単に後ろで束ねていた。
「るいちゃーん! おはよう!」
校門で待っていた愛美は、悦子の娘の瑠衣に気付いて手を振った。
「おはようございます……」
愛美と目が合った瑠衣は、口角を下げたまま愛美に一礼した。
愛美は快く瑠衣を迎え入れ、悦子に軽く会釈をしながら背を向けた。瑠衣も愛美に促されながら、向こうへ走っていく。
「早くどっか行ってくんない? 根暗がうつる」
少しして、息の混じった粘りのある声が、恵梨香の背後から聞こえてきた。振り返ると、朱美が厭らしい目つきで悦子を見つめていた。
悦子の方はこちらに背を向けたまま静止していて、聞こえているかどうかは定かではなかった。
途端に、他のママさんたちが小声で話し始めた。
「そういえば悦子さん、この前の懇親会もお休みだったよね……?」
「こないだ私、悦子さんに声掛けてあげたんだけど、無視されて……」
「ええー、何それ? 感じ悪いー」
「もー、何考えてるか分かんないし、笑わないから気味も悪いし……」
「しっ! 聞こえるよ!」
ママ友の集団は一斉に彼女を見た。視線を感じ取った悦子は、目を合わせたまま静止していたが、しばらくすると視線を外し、何も言わずにその場から立ち去ってしまった。
「親があれじゃー、子どもが可哀想よねー」
朱美は冷たい笑みを浮かべた。周りのママ友は、そんな朱美を祭り上げるがごとく、全員揃って首を上下に振っている。
──バカらしい。
恵梨香は心の中で毒を吐いた。ふたたび向こうを見ると、逃げるように走り去っていく悦子の後ろ姿がまだ見えていた。
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