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英斗はすっかり大きくなった妹の頭を撫でてやったが、内心、自分が情けなくて堪らなかった。
自分は悪い大人たちをやっつけて弱い子どもたちを助けていく、正義のミカタだと思っていた。でも、それはとんだ思い込みで、自分の行いが巡りに巡って、目の前の母親を傷つけてしまった……
英斗はやりきれない思いになり、小さな瞳に涙を溜めた。
そのとき、恵梨香の口が微かに動いた。
「お母さん!?」
英斗は身を乗り出し、母親に近付いた。恵梨香は息も絶え絶えになりながら、喋り続けた。
「覚えてる? ……なんで変身したくないか……」
「え?」
予想外の質問に英斗は驚いた。
恵梨香はその様子を薄目で確認しながら微笑んだ。
「"ピエロのぴーくん"読んであげたときにね……英斗ったら変身したくないって言ったのよ……」
英斗は食い気味に頷く。
もちろんその出来事について覚えていたが、母親がなぜいまそんなことを口走ったのかは分からない。
「お母さん、なんでそんなこと……」
英斗が思わず質問すると、恵梨香は笑ったまま答えた。
「あのとき……お母さん嬉しかったなって……」
そう言うと、恵梨香の大きな手がゆっくりと英斗の頬に近付いていった。
「私、英斗の母親でほんとよかったなって……そう思ったこと、最後に英斗に伝えたくて……」
英斗は自分の頬に伸ばされた大きな手を、ぎゅっと握りしめた。
「"最後に"とか、やめてよ……」
涙の筋がひとつ、またひとつと頬に作られていく。
「生まれ変わっても……私は英斗の母親でいたいな……」
恵梨香の声はだんだん細く小さくなっていった。
「僕も、お母さんの子どもでいたい」
英斗はまっすぐに恵梨香を見つめた。
「そんときは……しっかり母親しなきゃ……」
「僕も……」
そこまで言うと、英斗は視線を逸らした。
「でも、僕悪いこといっぱいしたから……天国行けないから……生き返れないかも……」
すると次の瞬間、大きな手に吸い寄せられて、英斗の頬は倒れ込んでいる母の頬にぴたりとくっついた。
「大丈夫……生き返るまでお母さん待ってるよ? ……」
英斗は、うっすら残る母のぬくもりを感じながらゆっくりと目を閉じた。
涙がふたりの頬を濡らしていく。
もうどっちの涙かは分からなかった。
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