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パチン!
瑠衣たちが園庭に辿り着くと、いきなり乾いた音が聞こえた。見ると、そこには手を振り下ろした悦子と、右下を向いたまま静止している園長の姿が見えた。
「どういう思いで子どもを預けてるか……分かってます?」
悦子は静かに呟いた。
瑠衣は思わず母親の顔を見た。
涙を流していた。
母親の泣き顔は嫌というほど見てきたが、こんな芯のある泣き顔は初めて見た気がした。
「たしかに……私は子どもにとって見本になれるような母親ではありません。ここぞというときに強く言えないし、行動力もない……ここであれこれ言う権利なんてないかもしれません……ただ……」
悦子はまた涙を溜め始めた。
「せめて普通の生活してほしいんです。この保育園の中で過ごしてる時間は……うまくできたら褒められて、悪いことしたら怒られて……先生たちに教えてもらいたいんです。これが"普通"なんだって……」
そう言って、唇を噛み締めた。
"普通"
瑠衣は園庭に響くその言葉の意味を噛みしめていた。
たしかに、自分の家は普通じゃないと思っていた。でも、そう思っていたのは母親も同じで、母は母なりに考えがあったのだと、このとき瑠衣は初めて知った。悦子は園長に問いかけた。
「私、間違ってますか?」
俯いていた園長がようやく顔を上げると、目を腫らした悦子がこちらを見ていた。その姿はさっきより小さく感じた。
「子どもに普通の生活を送ってもらうこと……保育園に求めるの間違ってますか?」
すすり泣く声が響く。
「そう願うこと自体おかしいですか……?」
悦子はついにその場にしゃがみ込んでしまった。顔は歪んで、真っ赤になっていた。そんな母親の顔を見ると、瑠衣は胸が締め付けられる気がした。
「お母さん……」
気付けば声を出していた。その声はとてもか細かったが、悦子はすぐに顔を上げた。
しばらく親子は見つめ合った。その間、頬を熱いものが這っていき、瑠衣は自分が泣いているのだと気付いた。
「瑠衣……」
悦子はようやく立ち上がり、娘に駆け寄っていった。瑠衣はきつく抱きしめられた。息もできなくなってしまうのではないかと思うほど、いっぱいに抱きしめられ、堰き止められた涙は一気に流れていった。
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