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「ごめんね……」
悦子は瑠衣の頭を抱え、自分の顔にくっつけた。
「お母さん、他人任せで……全然瑠衣のこと考えてあげれてなかった……」
ぎゅうっと抱きしめられると、瑠衣は母親の香りで満たされていった。
「大好きな瑠衣のために、なんもしてこられなかった……」
そう言われて、瑠衣は慌てて首を振った。
「違うよ、お母さんは……」
「あのときも」
そのとき、悦子の言葉が被さってきた。心なしかさっきより声のトーンが低い。しばらくの沈黙の後、悦子は息を吸った。
「お父さん、さっさと殺しとけばよかったね」
瑠衣は体を固めた。
──この人は何を言ってるんだろう……
さっきまで愛情を感じていたはずなのに、その愛情の方向は違う気がした。
すぐさま否定したかった。だが、声を出そうとするとガチガチと震えて、口から出てくるのは息だけだった。
「棚田悦子さん」
少しして、校門の方から母を呼ぶ声がした。だが、悦子は瑠衣を抱きしめたままずっと動かなかった。
「旦那さんのことで再度聞きたいことがあります」
ふたたび声が聞こえると、悦子はようやく瑠衣から離れ、声のする方角へ歩みを進めていった。
悦子は微笑んでいた。それは優しい母の顔だったが、瑠衣は凍えるような思いでその表情を見つめていた。
母親の背中がどんどん小さくなっていく。もう二度と会えないような、そんな予感を覚えつつ、瑠衣は"普通"という言葉をまた噛み締めていた。
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