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父親と母親の、痛いくらいの視線が刺さる。
「今時、そんな事で驚かないの」
そう言ってキッチンに行き、冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐと腰に手を当て一気に飲み干した。
お姉ちゃんが男前過ぎた。
「でも、男の人って…」
かなり狼狽えている母親、仕方がないと思う。
「お母さんだって、櫻庭さんに会ったら、腰抜かすわよ!その辺の女よりずっと綺麗で滅茶苦茶カッコいいんだから!」
目をギラギラ輝かせて言う姉。三浦先輩がまた拗ねるよ、と思う。
腑に落ちない様な母親だったけれど、
『鳶が鷹を産んだ』と常々言っていた、『鷹』の茜の言う事だからと、とりあえず反対は止まった。
有難う、お姉ちゃん。
◇◆◇
「茜、気付いてたぞ」
「え?」
三浦先輩がカウンター越しで言った。陸斗さんと僕の事を気付いていたと言う。なんで?色々と思いを巡らした。
「お前が、男を好きだって事も前から知ってたって」
言われてハッとする。
中学の時、男の人同士がエッチをしている動画をスマホで見ているのを、姉に見られた事を思い出した。その時は恥ずかしさと後めたさで頭が真っ白になって、「そんなモノ見てるんじゃないよ!」と怒鳴られたと、自分で記憶を作っていた。
そうだ、あの時姉は「長い時間スマホ見てると目に悪いよ」そう言っただけだった事を、今になって思い出す。
そして、その時から僕は姉を敬遠していた。自分の恥ずかしさを隠すために、心疾しいと思うセクシュアリティーを非難されない為に。
「茜が何で看護師になったか、知ってるか?」
「いえ、知りません」
首を小さく横に振った。
「お前は覚えてないだろうけど、二歳位の時、風邪か何かで下痢と嘔吐が酷くて入院した事があったって」
覚えていない。話す先輩の顔を黙って見た。
「お前が死んじゃうんじゃないかと思って、一人で廊下で泣いてたら、看護師さんが『大丈夫よ、弟さんは絶対に元気になるよ』って慰めてくれたのが、本当に嬉しかったんだってさ」
三浦先輩にしては優しすぎる笑顔を見せた。
僕は、目に涙がいっぱい溜まって、溢れないように願ったのに、ポロリと溢れてしまった。
「それで、看護師に?」
涙声で訊いた。
「だってさ、男前だろ、茜」
自慢気に三浦先輩は僕を見た。
ずっと誤解をしていた姉に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「んな事、気にする茜じゃねーよ」
わっはっはと笑う、三浦先輩。
お姉ちゃんに三浦先輩は勿体無い、と思ったけれど、陸斗さんの言う通り、そうでもなかったと思って、心が温かくなった。
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