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海くんの幸せ
「そう!? 三浦とお姉さんがっ!」
陸斗さんも嬉しそうに、珍しく大きな声を出した。三浦先輩がウチの婿養子に入る事も話し、陸斗さんが感無量の思いで「三浦…」と呟いた。
「あ、マンション決まったから。来月の終わりには越せると思う」
マンションの購入が決まったようだ。いよいよ、陸斗さんと一緒に暮らせると思うと胸が弾むどころではない。
「それまでに、ちゃんとする」
離婚の事を言っている。もしかしたら、海くんが離れてしまうかも知れない、そう思うと一転、手放しで喜べなかった。
「僕は、このままでも… 」
以前は、陸斗さんを自分のものにしたいと離婚を望み、泣いて抱き付いた事もあった。でも今は、海くんと離れたくない、その思いの方が強い。
「海の事も、頑張る」
微笑む陸斗さんに、何故だか安堵を覚えて、そっと抱き付く。
「三人で暮らそう」
僕の頭をぽんぽんと撫でて抱き締めてくれた。
◇◆◇
その時は突然来た。
週末、いつもの様に会社帰りで陸斗さんの所に来て、もうサロンも閉めるという時間。
アルバイトの子は既に上がっている。
「海くん、寝ちゃってますね」
片付けをしている陸斗さんの背中に声を掛けた時、カツカツと、以前に聞いたヒールの音が耳に入る。
「理子… 」
小さく、呟くように陸斗さんが言った。
陸斗さんの奥さんを見るのは二回目で、やっぱり溜息が出るほど綺麗で気が引けた。
「あの、僕… コンビニに買い物に… 」
僕がいるのは邪魔だと思った。
「海が起きるかも知れないから、奥にいてくれるか?」
海くんの傍にいてくれと言う。
チラリと奥さんに目を遣って、奥に入った。こちらを睨んでいる様に見えた。
「俺が話したいって言っても聞かなかったくせに、自分が話したい時は来るんだな」
皮肉たっぷりに陸斗さんが言った。
息を顰めて、耳をそば立てる。
「離婚、どうする?」
「どうするって、俺が言っても聞かなかったろ」
「だって…」
二人の会話に嫉妬した。
「海は俺が引き取る」
「海は… 」
奥さんが、海くんの名前を出した声は躊躇う様だった。
「俺の子じゃないんだろう?」
言ってしまった、そう思って目を閉じた。
奥さんの声が聞こえない。
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