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「分かってたよ、前から。でも、海は俺が引き取りたい」
「… どうして?」
「どうして?訊くまでもないだろう。血は繋がってなくても、海は俺の子だ」
「そんなの… 」
少し涙声に聞こえた気がする。
「現在の男と結婚するのか?」
陸斗さんの問いに返事はない。頷いているのか、首を横に振っているのか、声はしない。
「だったら尚の事、海は俺が引き取る」
「ねぇ、私… 陸斗を騙したのよ」
完全に涙声になっている奥さんの声は、震えていた。
「俺だって理子を騙してた。愛せもしないのに、結婚した」
奥さんの嗚咽が聞こえて、僕も涙が滲んだ。
「でも、海の事は無条件で愛せた。理子のお陰だよ」
「何、それ」
涙声で、しゃくり上げながら言う。
「いつでも海に会わせるから、だから、海は俺に育てさせてくれよ」
鼻を啜る音しか聞こえなくて、とても気になる。
「理子が海を産んでくれたから、海と出会えた」
何も言わない奥さんに、続けて陸斗さんが話している。
「そうやって… 馬鹿みたいに優しいし、お人好しみたいな所があったから …だから、陸斗なら… 騙せると思ったのよ!それに、ずば抜けてイイ男だったし!」
泣きながら、鼻を啜りながらの声は少し強めで、自分の非を、申し訳ない気持ちを隠す為に陸斗さんを攻撃している様に聞こえた。
「騙してくれて、感謝だ、今となっては」
「ばっかじゃないの!ホントにっ!」
カツッとヒールの音が聞こえたので、二人の様子を見る為に首を伸ばした。理子さんが陸斗さんに抱き付いている。
「ごめんな、ホントにごめんな」
理子さんの頭を撫でているから、堪らず僕は二人の傍に走り出て、陸斗さんと理子さんの身体を引き離そうと、二人の腕に手を添えた。
「何?あんた」
泣きながらでも、理子さんの声が怖い。
「あ、陸斗さんから… 離れて… ください」
恐ろしく怖かったけど、頑張って言った。
「俺の恋人」
陸斗さんが僕をチラリと見て、微笑んで言う。
「はぁ〜、あんたね、ずっと陸斗の想いの中にいたのは」
そう言って、二人を離そうと添えた手を思い切り払われて、そっと陸斗さん側に寄る。
ずっと?
高校の頃からずっと、僕を想っていてくれていたのだろうかと思って、陸斗さんを見上げた。
眉を上げて
理子さんと僕を見て
陸斗さんは片唇を上げてニヤリとした。
「何だって、こんな何処にでも転がってそうなパッとしない子に私が負けるのよ!」
僕を睨んで言う。
怖くて思わず目を逸らし、俯いて固まった。
「理子、それ以上言うと怒るよ、俺」
陸斗さんの言葉に顔を上げ、嬉しさに頬がポッとなる。
「あんた?あおちゃんって」
怖い声で訊かれて、こくっ、こくんと頷いた。
「海も、あおちゃん、あおちゃんって煩いのよ!全くもう!」
「すみません… 」
何故だか謝った。
「みんな、あんたに持ってかれたわよ!」
「すみません…… 」
もう謝るしかなかった僕に
「海が、幸せなら… 頼んだからねっ!!」
泣きながら僕に怒鳴るから、
僕まで涙が滲んで、一度こくりと頷いた。
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