憧れ

1/4
679人が本棚に入れています
本棚に追加
/57ページ

憧れ

櫻庭(さくらば)先輩…貴方はすでに誰かのものだった。 ✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎ 「姫野(ひめの)!姫野だろっ!?」 夏の日は長い。夕方も六時をとうに過ぎているのに、空はまだまだ普通に明るい。 マンション一階のテナントに貼り出されていた 【アルバイト募集】のチラシをまじまじと見ていた時に、『姫野!』と自分を呼ぶ声。 声のする方を見ると、それはずっと、ずっと憧れ続けていた櫻庭先輩だった。 大学四年生、就職の内定も貰った夏、卒業までの短い期間を雇ってくれるバイト先があればいいと、軽い気持ちでバイト募集のアプリや街中を見て歩いた。取り立ててアルバイトをする必要も無かったが、何もせずにいるよりは社会勉強になると思ったし、暇を持て余すよりはいいと思った。 目に止まった【アルバイト募集】のチラシ。 『ドックサロン Cherry's garden』 犬の美容院か?資格はないから駄目か。そう思いながら、色遣いといい、デザインといい、とにかく目を引いた募集のチラシには、 『犬の世話、犬の散歩、未経験者大歓迎!犬好きのあなた!お待ちしてます!特に男性の貴方!大大歓迎です!』 男性歓迎?力仕事なのかな?未経験者でも大丈夫なのか?そんな事を考えながらバイト募集のチラシに見入っていた時に聞こえた『姫野!』と僕を呼ぶ声。 櫻庭先輩! 僕は声にならなかった。 驚き過ぎて、口がぽかんと開いていたと思う。まさか、あの櫻庭先輩と、今ここで再会出来るなどと、誰が予想出来ただろう! 「櫻庭…先輩…?」 呟く様に僕は声にする。 「姫野ー!」 ゴールデン1頭とコーギー1匹を右手で引いて、チワワを左手で胸に抱いた櫻庭先輩の姿が目に入る。 「何、してるんですか?」 「犬の散歩だよ」 「ああ…そのようですね…」 その先の会話が続かなかった。 何か言わなきゃ、焦るだけで何も出てこない。視線がキョロキョロ動くのが分かった。泳いでいると言った方が正しい。 だって、何年ぶりだと思う?僕が高校一年生の時に陸上部の先輩だった櫻庭先輩は三年生。 かれこれ、五年振りだ。 五年間、一日たりとも…は、かなり言い過ぎだが櫻庭先輩に憧れて続けていた。恋もしたけど、先輩への憧れはずっと続いていた。 ◇◆◇ 高校に入り、何か部活動を始めようと廊下に貼られた沢山の募集のポスターを見る中で、インパクトのあるポスター。目が止まって動けなかった僕に櫻庭先輩が少し離れた場所から声を掛けてきた。 「陸上部のポスター見てただろ、入る?」 「あ、いえ…ただ…見入ってました」 部員募集のポスター。陸上部のポスターが僕の目を惹いた。 『今、これ見てる君!一緒に走ろう!跳ぼう!投げよう!』 色遣いが鮮やかで、そう、見入っていた。 「陸上部にようこそ」 入るとも何とも言っていないのに、櫻庭先輩は僕の手を取って、握手をするとぶんぶんと大きく振った。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!