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再会
バス停の前に立っていると、まだ小学生くらいだろうか、虫取り網を右手に抱えた、幼い少年が、私に声をかけてきた。
「おばさん、こんなところでなにしてんだ。ここに来るバス、そこの赤い学校の学生専用のやつだぜ」
随分と自分よりも背の低い少年を見下ろし、毒づいた。
「おばさんじゃないし。お姉さんだし」
バスが来る方向とは反対側を向いて、その遥か先を見つめ直す。
「何見てるんだよ」
私の視線は一定して動かない。
「聞こえるの」
少年はしばらく耳を澄ませた。
「なにも聞こえないぞ」
「私を呼ぶ声が、聞こえるの」
少年はよく分からないという顔で虫取り網の先を弄った。
「変なの」
何を言っているのか理解出来ず、少年は走り去ってしまった。それを見守るように、2羽の鴉が空を駆けた。
またしても不意に声をかけられ、びくりと身体を震わせた。
「久しぶり、ことちゃん……待った?」
「ええ。随分と」
「どのくらい待ったの……」
「30分くらい」
「30! ごめん!」
「いいよ。私、相手より早く着きたいタイプだから。それより、早く行こうよ」
どこか高校生のような瑞々しさを感じさせる彼は、右手にグッジョブの形を取り、にっと笑った。
そして、歩きながら話し始める。
「ねぇ、さっきの子と何話してたの?」
「んー? 知りたい?」
「うん!」
「大したことじゃない。私の中の懐かしい思い出話よ──」
私たちの耳に響き渡るのは、あの夏、この時間に街を包み込んだ、鳴き止むことを知らない蝉時雨だった。
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