祈りの鐘

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サンタ・マリア また暑い夏が来ました。 今日もとても暑く、 そして、とても静かです。 サンタ・マリア 貴女の御前に額づくようになってはやどれ程が経ちましょうか 聖体をいただき、貴女の下僕(しもべ)となったのは、私が三つになった年 穏やかに微笑む司祭さまは 幸多き身であるように 神の御恵に満たされるように 祈りを捧げてくださった ああ、そして…… サンタ・マリア あの暑い暑い夏の日に 皆、神の御許に旅立ってしまった 母は神の雷と怖れ泣いた けれど…… いいえ、あれは人の罪 神を騙る人の傲慢、その業火 神の使徒たる同胞(はらから)はその罪を人々に知らしめるため、貴女に身を捧げたのです ねぇ、そうでしょう? サンタ・マリア 貴女の御教を携えて異郷の地から、伝道に訪れたあの方たち その御教に彼らが自ら殉じたように 天の父は私達に尊き使命を与えられた 人の世の愚かさを 人の世の哀しさを 我が身を持って伝えよと 我が命を持って贖えよと そして、あの日 数多の同胞(ともがら)が 貴女の御許に旅立った ヒロシマの御霊の安寧を 貴女に祈る人々に 悪魔の業火が襲い掛かった ああ、ああ、 哀しき哉…… サンタ・マリア あの日、貴女の慈悲を得て、 遠くの町に伏していた私は ただ一人天国(ハライソ)には招かれず ただ一人この地上に残されて 唯々嘆いておりました 唯々この地に残されて 一人役目を負わねばならぬ 罪深き身を責めました サンタ・マリア 原初の人がしたように 私は神の民として 祈りを繋ぐ子らを産みました この地に再び、栄あれ(ハレルヤ)と 笑顔で吾子らに貴女を讃え 孫らと真摯に祈り来ました サンタ・マリア 私が貴女に邂逅し(まみえ)たここは あの日、数多の御霊が天に召された浦上の天主堂は 今日はとても静かです あの日、貴女の御許に旅立った同胞(ともがら)は 今は安らいでいるでしょうか それとも 命を持って守り伝えた 国の平和と安寧が かくも脆きと嘆いているでしょうか けれど老いた私には 祈ることしか出来ません サンタ・マリア 私は今日も祈りに来ました 最後の審判のその日が近く 神の裁きがあるのなら 神のなさる御業をもって 貴女の民を救い給えと サンタ・マリア あの暑い夏の日に 貴女の御許に旅立った 父母、同胞(ともがら)の 皆の願いを忘れたもうな この殉教の地(ナガサキ)に 再びの嘆きを与えたもうな 人は生き、人は去り、 けれど祈りは続くもの ほら、扉を開けて幼ならが、 貴女に会いに参りました 貴女に微笑み、賛美する 清らな御霊に祝福を 二度と過ちを起こさぬよう 二度と嘆きが起こらぬよう 貴女の慈愛(あい)で導き給え サンタ・マリア ああどうか…… 七十七年祈りを捧げし 愚かな私を赦し導き 貴女の御許にお迎えください あの鐘が鳴り止む前に あの鐘が再び沈黙する前に 貴女の膝元にお迎えください もう祈る力も尽きました もうはや命も尽きましょう そして…… 後の世の子らに平安を  後の世の子らに幸あれと 最後の祈りを捧げます どうか、どうか届きますよう かくあれかし(アーメン)
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