第二章

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第二章

 「………」  僕は鏡を見るのが嫌いだ。  女子の制服も女性に向かっていく身体もどっちつかずな心にも僕は全部が嫌だった。  家を出る時、母に「行ってきます」と健康的な言葉で表情で言う僕に、安心し切ったように「いってらっしゃい」と言う。まるで何の問題もないように見送る僕の心はボロボロだった。  あなたの息子は本当は性別がありません。 (本当は気付いているくせに)  あなたに娘は居ません。息子も居ません。 (何で眼を逸らすの?)  僕はこの国が嫌いです。僕はこの世界が嫌いです。 (その癖に世界は僕らに無知)  僕は僕が嫌いです。 (そう言って、本当は愛されたいくせに)  僕は……。 (どうしたんだい、弱虫)  心の中でまったく違くて同じ人格が僕を責める。冷めた眼で、僕を見つめる僕をひどく恐れた。アレが本心なんだ。  だって怖くたっていいじゃないか!! 僕には決められた性別がないんだ!! 何処にも属していないんだから、こんなつらい現実から必死に逃げて何が悪いんだ!! ニュースだって言っているじゃないか、僕のような無性別者が毎年数万人も自殺しているって! それくらいつらいんだよ!  それなのに、大人はお前だけが辛いんじゃないんだって、どの口が言っているんだよ! そう言うのは決まって大人の男じゃないか! よく、決まった性別があるのに、安心できる場所に居るのに、遠くから高みから、護られながら温かい場所から、僕らを見ようとするんだよ! 何が分かるって言うんだよ! 僕らになってみた事があるのかよ! 何が分かるって言うんだ!! 適当な事を言うな!!  嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ。  みんな大っ嫌いだ死んじゃえばいいのに!  僕は走った。電車が学校方面に走るのと反対に走る。あの車両に乗る学生達はみんな幸せなのかな? つまらなさそうにスマホやラノベを読んで居て、そのうち何人かは隣で楽しそうに友達と話していて、座席に座るサラリーマンはそれをうっとおしそうに黙っていて、優先席の妊婦は申し訳なさそうに身を縮めている。  そんなクソみたいな世界に居るよりも、僕がウリをしているこっちの世界の方が遥かに健全に思える。皆素直に欲望をさらけ出している。男も女も僕を抱く。その時間だけは僕は性別がないのをどうでも良く思える。「本当にどちらでもないんだね」よく聞くそのセリフを僕は見下したように笑い、言う。  「キモチ悪い?」  そう言うと最初皆、驚いたような表情をするのだけど「ううん、何だか安心するよ」そう言って、僕を最初に抱いた男の人は僕の首にキスをする。確か医者とか言っていたっけ? 世の中本当にろくでもないなと思った。  あの電車に乗っている人たち、みんな自分たちがまともだとか思って居るんだろうなぁ……。  「本当世の中くだらない」  笑いながら言うと人の気配がした。僕は驚いてその人を見る。  その人安達さんだった。安達優香さん、クラスで地味な子って印象だけど吹奏楽部に所属していて、それなりに青春している子だ。  「自殺でもするの?」  「え」  「フェンス高いから超えられないでしょ?」  彼女は僕が自殺すると思って居るらしい。  「……僕が死にたそうに見えた?」  「うん、いつもね」  「………」  それには結構心外だ。僕はコレでも死にたいとは思った事は無い。死にそうなくらいつらいとは思った事はあるけど、それでも、世界に殺されると思うと癪だったから、意地でも生きてやろうと思う。  多分、ストレスで心不全になりそうだから天寿は全うできないかも知れないけど。  「………死ぬってんなら轢死以外なら付き合うけど、必要?」  「要らない」  「溺死とか」  「僕は死ぬ予定はないよ」  「私は毎日死にたいかなー」  「どうせ、ファッションの死にたいでしょ?」  「そんな事ないけど、そうかも知れないね。現実逃避に近いかも」  「ちなみに何で死にたいの?」  そう聞くと彼女は溜息を吐いた。  フェンスに指を掛けて言い難そうに僅かに躊躇いながら「なんかね、吹部って人間関係面倒なんだ……」と言った。  分からなくはなかった。僕に比べればそんなの大したことないけど、本人にしたら結構重大な事で、僕なんかには想像できない。けど、分かる所はあった。  周りは僕のような無性別者を理解していない。コレは精神的な特徴ではなく実際に身体的特徴なのに、大人はいずれ自分の性別自覚すると必ずどちらかにしようとする。実際、自身の認識で少しずつ性別が出来て来る人は居るようだけど、元々性別がない僕らに、それを認識しろと言うのが難しい話しだ。  僕は少し女性寄りの身体になっているけど、僕に子宮はないし男のアソコも無い。だから、どちらかになろうとしても、結局は途中半端になる。  「黒澤はさぁ、何に悩んで居るの?」  「………」  「お願い教えて。絶対笑わない。ちなみに私はね、吹部でいじめられて居るの」  「え」  「先輩のコンクールに出られる権利、私がうまいから奪ったって言われて、屋上に呼ばれて、同じパートの先輩三人に、良い気になるなよって、三十分言われ続けたの。クソでしょ?」  「殺したいくらいにクソだね」  「ありがとう、頭の中では何回も惨殺してるよ」  「辞めないの?」  部活と着けなかった。  「辞めないよ………どうせ、私の方がうまいに決まっているし、選ばれなかったのは努力が足りなかっただけでしょ。私は努力した。だから、この権利は当然。私は負けない。負けたくない………って思って居たけど……」  彼女はフェンスに背を向けた。  「何か疲れた……」  それは彼女の本心だった。  「ねぇ、一緒に死なない?」  それは何度も思った事だった。  でも死ななかった。  死ぬのが純粋に怖かったし、死にたくなかったし、生きて居たかった。その果てに、その代行行為として、死ぬ事への対義語として僕はウリをした。している時は性別とか、周りの眼とか、僕自身のどうしようもない悩みとか、そういったモノがどうでもよくなった。身体を重ねている間、僕は安心した。  クスリを飲んで死ねるとは思えない。  それは日本で禁止薬物に指定されていて飲み過ぎるとお酒みたいな酩酊感と幸福感を得られることの代償として、副作用として喉の渇きと激しい鬱感が来るのであまりお勧めされないクスリだが、お金がない人は良くこれに頼る。 君みたいに常に死にたがっている人にはお勧めしないよ?  薬物の売人に言われた。  「なんで?」  「より死にたくなる。客に死なれたら困る。警察も動くし、何より売り上げが減ると僕も生活が苦しくなる」  薬物の売人だって好きでこんな仕事している訳じゃない。生活するためだ。僕は生きる為に、出来だけ依存の少ないクスリを買って、死にたくなったら飲む。死なない為に飲む。  僕は死にたくない。けど、死んじゃおうっかなって時は何度もある。そんな時はたまにクスリに頼る。  今日は死ぬためにそのクスリを買った。  三十錠もあって三千円で買えるんだ。  一錠だけでかなりの幸福感がある。  飲んだ時激しい吐き気が込み上げる。合う合わないがあるけど僕にこの薬は合わないけど、安達さんはクスリが合うらしい。酔ったように僕に抱き着いた。その眼は少し泣いていた。  「……クスリ合わなかったの?」  ラブホの一室でこんな会話。かなり危ない。  「こいつは自殺志願者が使うもので普通は飲まない。でも、今日は死ぬために飲むんだから我慢する」  「コレ、ひとつで死ねるの?」  「死ねないよ。眠剤と同じだよ。何錠か飲まないと」  「そっか。でも、黒澤死にたくないんでしょ? 無理して飲まなくって良いよ」  「死にたくないけど、今は少し死ぬのも良いかなって思う」  「なんで?」  「死にたがっている人が僕を相手に選んだから、かな?」  僕はベッドの上で安達さんのひざに顔を乗せた。  「しても良いかな?」  「性欲あるの?」  「ないよ、僕は子宮もアソコもないんだから」  「いいね、健全で」  「健全かな?」  セックスなんてしている事が健全じゃないと思う。  「健全だよ、性行為を性欲でしていないんだから」  でも、と彼女は言う。  「何でセックスはしたいの? 性欲ないのに」  「安心するから」  「安心するの?」  「うん、している間は性別の事考えないから」  「おかしいね」  「おかしいかな?」  「おかしいよ。でも、いいね」  「……ありがとう?」  「何で疑問形?」  彼女が笑う。  そのまま僕は服を脱いだ。彼女は脱がせてほしいと言う。初めてだろ? と聞くと一回だけあるよとの事だった。彼氏としたらしい。なら、良いかと思った。
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