第四章

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第四章

 「昼間のラブホから出ると言うのは少し背徳的だね」  安達さんはそう言う。制服を着たふたりを警察が見たら確実に補導ものだと思うけど、この時間のラブホ街は静かだった。いかがわしいサービスを提供するための客引きをも、早朝までは居たのに、この時間は居なくなった。  「女子同士でどう思われるかな?」  僕が言った。  「別にどうでも良くない? 他人がどう思おうが」  確かにそうだ。  僕は誰かの視線をずっと気にしている。でも、それはちゃんと生きなさいとか、道を踏み外さないで生きなさいとか、そう言うのじゃなくって、僕を女の子と見る人が居るのが苦痛だった。僕は女の子じゃない。少なくとも僕は男の子だ。それでも世界は悪気なく僕を女の子にしようとしていて、身体も心と反対に女になっていく。その変化が最も苦痛だった。どんなに女を抱いても、僕は結局男になれなかった。  この世界は無性別者に優しくない。  何処までも、何処までも無自覚に残酷に無性別者を殺していく。  あいつらは何も分かってはいない。優しい振りをして何も理解していない。結局僕らを病気としか見ていない。治るんでしょ? と治療を進めるし、家庭の問題かなって何の問題もないのに学校で親も交えて三者面談なんかしてるし、遺伝的欠陥とか言い出すし、そうなら、それで治療して『普通』になれるんなら、さっさとしているよ。  でも、コレで生れて来たからコレを治療する術なんかある訳ないし、そもそも、それで性別を手に入れたとしても、僕がその性を受け入れてないと意味がない。  だから僕は女性ホルモン注射を拒んだ。  母は悪くない。  迷い過ぎて明確に拒否を言い出せなかった僕が小五の春に入院していた病院を、夜中抜け出したんだ。世界は明確に意思を示さないと殺される。僕は発現していない男を殺さないように、『彼』を護るように僕はシーツとカーテンを繋げて病室の窓から抜け出した。  「ねぇ、安達さん」  「ん?」  僕はこれから卑怯な真似をしようと思う。  「僕の事好き?」  「好きだよ」  「うそ」  「うん、愛してないよ。でも好き」  「僕も愛してないよ。でも、好き」  僕らの好きは酷く歪んで居る。死にたがりの安達さんがどういう意味の好きを僕に投げかけたのか、僕は知らないし、知る事も出来ない。聞けば良いとかシラける言葉は聞きたくないし、そう言うのはきっと満たされた人が言うのだろうけど、僕らは何も満たされずに生きているから、常に誰かに依存して居たい。  僕の好きは安達さんの壊れそうなのに強い心と氷のような冷たさと、世界に中指立てているような生き方が好きだから、好きだ。何処にも愛がなかった。  「ねぇ、僕を男にしてくれない?」  「いいよ、でも、そのセリフ童貞を奪ってくださいって言う男の台詞みたい」  安達さんが笑った。  近くの商店街から正午のメロディーが流れる。  △  『ねぇ、またしない?』  SNSで会っただけの仲原さんは僕にそうメッセージを送って来た。女性は無料で登録できるアプリで、どういう基準でこのアプリがストアから落とせるのか少し疑問だが僕はそれをダウンロードして身体を売っていた。結局世界はクソしか居ないんだろうなぁ。こんな人身売買が現実からネットに変わっただけで本質は変わらないのに、現実に風俗店が姿を消しつつあることを、世界は『喜ばしい事』と思って居て、実際はもっと悪化していた。  女性を強姦して、裁判所で同意だったと主張されて、法廷で泣き崩れる被害者。  男子中学生をネットで呼び出して身体を触る中年。  レイプを自慢するチャット。  ウリをして数千円を稼ぐ中学生。  その癖満たされないと嘆きネットでポエムを書く。下らない社会。ゴミ溜めの社会。そんな見えない闇を病気を何も知らない大人は健全なものだけを見て、「綺麗になったわね」と言う。  はぁ!?  何処をどう見てコレを綺麗だって言うんだよ!! 皆死なないだけで死にたがっているこんなクズな社会に、ゴミな社会にあなた達は昔より良くなっただなんて、よくもそんな口が利けるね!!  笑える。笑っちゃうよ。本当にくだらない……。  僕は裸のままスマホを見る。  『いいよ』  部屋にはお酒がある。僕の部屋ではない。今日ウリをした女の部屋だ。「やっぱり女って登録しているの無料だから?」って聞かれた。僕はやっぱり男子の制服を着ていた。でも脱いだら「どっちの性別なの?」と聞かれたのには笑った。「どっちでもないよ」と僕は言うと女は嬉しそうに僕の口に舌を入れた。酒と煙草の匂いがした。  「誰とメールしてるの?」  女が眠そうに聞く。  裸で胸が見えている。  「彼女?」  再度聞く。知りたかったのはそこらしい。  「違うよ」  「私がなってあげようか?」  女はおかしそうに言う。枕を抱いて、恥ずかしそうに言う。僕と寝てその仕草は何だよ。  「ごめん先約が居る」  「どうせ、ソイツもメンヘラでしょ?」  メンヘラとはメンタルヘルスの略称で。自殺志願者とかリストカットして居る人とか、精神が不安定で鬱病の人たちを指すネット用語だ。  「もってなに?」  「こんな事して身体を売るなんてメンヘラぐらいだよ」  「君はどうなの?」  「私はただの遊び。お金貰えるし、サイコー」  「脂の乗った奴とかにも売るの?」  「はぁ!? こんなアプリでそいつと寝ようなんて、そっちのサイト行けよ。私はイケメンと寝たいだけ」  「なら、ホストと寝たら?」  「深夜はそう言うのじゃないもん!」  深夜って誰だ。何処のホストだ? 誰でも良いけど。  スマホが鳴った。女が返事は何だって? と聞いて来た。スマホには『やったー!!』と来た後に『ねぇ、こんな事言うと迷惑かもだけど』そこで一度途切れて『好きな人、居る……?』と来た。  「うわぁ、惚れてるね。ウケる」  女は楽しそうだった。  「お前もううるさい。見るなよ」  僕はそう言って女を遠ざけるようにベッドから立つ。  「なんだよー、ケチ!」  ベッドから床に座り僕は返事を送る。  『居るよ』  嘘ではない。一応は……。
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