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第六章
「何で約束破ったの?」
安達さんはまるで罪人を咎めるように言う。罪を犯した人を責めるように、どうせなら口汚く罵ったらいいのに、自殺まで考えた彼女は変な所で潔癖で、僕の情状酌量の余地を探しているようだ。どうせなら、テレビの昼のワイドショーのように何の責任も感じず、何の責任も持たず、ただただ仕事って楽な言い訳で適当な事を言う評論家やコメンテーターみたいに僕を責めたらいいのに、しなかった。
ただ、何で裏切ったんだろうって傷を負いながら、僕を許そうとしているその表情を、僕はどんな判決を言われるよりも苦しかった。どう言い訳しようとも僕は有罪だ。
「したかったから」
パシーン!!
当然の痛みが走った。
僕は頬を叩かれた。痛かったのは僕の方なのに彼女は泣きそうだった。眼に涙をいっぱいに溜めて、赤く腫らして、今にもそのダムが決壊しそうに必死に涙を堪えて、唇を噛んで居た。
「最低だね……」
「うん……」
「言い訳しないの?」
「しない」
「そう……」
「うん。ひとつ聞いていい?」
「なに」
「誰から聞いたの?」
彼女は友達と言った。
隣の県に友達がいてその子が教えてくれたらしい。その子は元々はこっちの人だけど、親の都合で引っ越したと追加情報を貰ったけど、どうでも良かった。
「廊下でもすれ違っていたけど、覚えてないの?」
「同じクラスの子でも覚える気ない僕に、他のクラスの子なんて知らない」
「それでよくいじめられないね」
「人と違い過ぎるからじゃないかな。違い過ぎて不気味とか?」
「言っていて虚しくならないの?」
「全然、生まれた時から違うから」
そう言うと彼女はまた居心地悪そうにする。僕はそれが嫌いだった。同情を乞いたくって言った訳じゃなかった。それなのに勝手に同情されても困る。僕は本当に何も思わずに、ただそうだという事実だけを言ったのに、周りが勝手な解釈するから僕は世界が嫌いだ。
嫌いだけど、何だろう……。
彼女が僕の事で悲しんだり悩んだりするのは、少しだけ嬉しかった。
好きな人が僕の事で悩むのが好き。最低な感情だと思ったけど、負の感情をこう居心地よく感じる事こそが本当の好きなんじゃないかと思う。
結局、表に出ている感情なんてまがい物でしかないんだし。こっちの方が正直だ。
「別れる?」
付き合ってまだ一週間も経って居ないが僕はそう言った。
すると彼女は驚いたように顔を上げた。その表情は悲しげだった。こんな短期間で人は人をこんな感情出せるまで好きになれるんだと少しだけ感動した。
「……ごめん、やっぱり僕の方が別れたくないって思った。今の忘れて欲しい」
「私は少し考えようかな……」
「……」
そう……って僕は言うつもりだった。でも、思いの他自分が傷付いているのに気づいて少し戸惑った。
そしたら彼女は自嘲気味に笑った。
「嘘だよ、黒澤の本当の気持ちが知りたかっただけ」
「僕の気持ちなんて、まだほんの少ししか出してないよ?」
「それでも、その表情だけで黒澤の事分かるよ」
「そうかな……」
人が表情として出す感情なんてそんな心象全体を現す事なんかできないのに。結局表情を表に出す事のほとんどなんて外交でしかないんだ。くだらない社会的な外交、相手を威圧する外交、それは世のクレーマーがほとんど使う。でも、感情として表に出す事のどれほど少ない事なのか、僕は痛いほど痛感している。表に出しても伝わらない。別の個体だから。分かり合えない。それでも、分かり合いたい。そう僕らは#楽園__エデン__#を追放されてから一度も幸せになった事が無い。
旧約聖書の物語で人は楽園に住んでいた。でも、ずる賢い蛇にそそのかされて知恵の木の実を食べてから追放されたと言われているのが僕らだ。僕らは罪人の子孫なんだ。
「ねぇ、私が黒澤の全てになれないかな?」
「それは無理だよ?」
「何で?」
「安達さんは僕なんかより愛される人だよ。僕の全てになれない。愛されている人は僕を理解できない」
「それでも、私は黒澤を救いたい」
そう言って安達さんは僕を抱き締めてキスをした。安達さんの人としての匂いがした。それが僕には安心して、少し泣きそうになった。安達さんはきっと僕を理解できない……。それでもきっといつか、僕を分かってくれるなら、僕は少しだけ、ほんの少しだけ生きて居たい………。
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