第八章

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第八章

 会いたいとLINEが来た。  でも僕はウリをしないと決めたのだが、それでもそのたった一文だけが僕の心にナイフのように突き刺さる。彼女は、仲原さんは僕と同じで寂しい人だ。愛され方も知らないで、愛し方も知らない。ずっとひとりで生きて来て、その癖に寂しがり屋で、誰かに見て欲しい。僕がウリをするのと彼女が僕を抱くのは同義だ。ずっとひとりで生きて来て、そしてこれからもひとりで生きて行く。寂しくって、絶望しかない。何年生きるのかもわからない。せめて寿命が分かれば安心する。残りの人生をどう生きるとかじゃなくって、残りの人生がどのくらいなのか知りたい。そこからの逆算が生きる糧になれると思う。  もしかしたら寿命を待つ前に死ぬかもしれないけど、生きるのが辛すぎて陸橋から飛び降りるかも知れない。その方が楽だと何度も思った。出来なかったのはただ単に怖かっただけだ。怯えただけだ。そして死ぬのが寂しいと思っただけだ。  だから陸橋で、手摺りを超えて、後ろ手で死ぬ勇気を振り絞ろうとした時にLINEが鳴って、正直に臆病者だと言われても良いけど僕はホッとしたんだ。死ななくて良かった。そう思った。  だから僕はその会いたいと言う仲原さんのLINEに返事をした。  あのホテルで待って居る。  会った時、仲原さんは傷ついたような表情をしていた。  捨てられた猫のように彼女は僕を持って、スマホを握りしめていたけど、僕なんかよりもはるかに死にそうで、その姿に僕は愛おしさを感じた。同時に僕は最低な奴だと思った。仲原さんの事じゃない、僕自身の事だ。仮にも安達さんと付き合っているのに、彼女にフラれるかも知れないと思うと寂しくって、つい他の女に手を出してしまう。僕だって本当の愛が欲しいけど、それを得る手段を知らなくって、それを掴む手段を知らなくって、だから仕方なくウリをしている。この間だけは虚しさや寂しさを忘れられる。  仲原さんは僕に気付いた。そして手を振り、キスをした。  わずかにタバコの味がした。  「ねぇ、メチャクチャにして。お願い」  仲原さんはいつになく弱気だった。初めて会った時は彼女は僕を犯す事に夢中だったのに今は僕の身体を求めているようだった。まるで何かから逃げるかのように。  でもそれは僕も同じだった。  僕も安達さんと別れる恐怖に寂しさに耐えられなかった。だからせっかく死のうとしたのに彼女のLINEに気付いてしまった。本当は誰かに寂しがって欲しかった。止めて欲しかった。死にたくなんてなかった。だから僕は彼女にのLINEにすぐに反応した。結局僕らは寂しいままなんだ。寂しいまま、寂しさだけを埋めようとするから満たされないのに満たされた気になる。本当はただお互いの性欲だけを処理しているだけなのに、僕らはそれを愛だと勘違いしているんだきっと……。  でも、それでも構わない……。  例え偽りの愛だとしても僕はこの寂しさが埋まればどうでも良かった。  僕は裸になった仲原さんを抱いた。  彼女の胸は相変わらず小さい。けど綺麗な色をしている。その胸に僕は顔を埋めながら股間を擦る。うっ……!! と仲原さんが少し鳴くのだけど僕は気にせずに擦ると仲原さんは少しずつ身をよじる。  「いや、いや、いやぁ……」  でも僕は辞めなかった。  メチャクチャにして欲しいと言ったのは彼女だった。そして、僕はどちらかと言えばS寄りだった。だから相性は良いと思う。  僕はそのまま夜までヤった。けど日付が変わる頃に僕の体力の限界が来たら、僕は攻められる側になった。僕はこういうのが本当は苦手だ、疲れるし眠たくなるし、朝起きれなくなるから。けど、女性は普段から攻められているせいか僕を犯すのに興奮してよく首を絞められる。それは仲原さんも例外じゃ無く閉めて来たので僕は息が出来なく、話してくれた時、咳と共に吐き気すら覚えた。  「もう!! 激し過ぎ!!」  僕は抗議の声を上げると仲原さんは「ごめん……」と申し訳なさそうに言う。何だかこちらがいじめている気分だ。  「彼はDVなの」  仲原さんは裸で煙草を吸いながら言う。  僕は煙草の匂いが好きだ。僕の父親は煙草を吸わない人なのに、どうしてか煙草の匂いが好きになっていた。今まで寝た人がみんな煙草を吸うからなのかも知れない。みんな寂しくって、それを煙に誤魔化しながら生きている。僕はその寂しさの匂いが好きだ。  「首を絞められたり、お腹を蹴られたり、タバコの火押し付けられたりした」  仲原さんの背中には火傷の跡がある。犯されている時にやられたのと悲しそうに、淡々と言う。きっと感情を殺さないと言えないんだ。  「……もう死にたい」  「ダメだよ」  僕が言えた義理じゃないけどとは思った。自慢じゃないけど、本当に自慢じゃないけど僕の方が一番死にたい。  僕は生まれた時から死にたかったんじゃないかと思う程に自分の人生を憎んだ。性別がない事を、性別を与えられなかった事に、生きて居る事に僕は生まれながらにして憎んで居た。何度も死のうと思った。それでも死ねなかった。ホルモン安定剤を服用しないまま、食事も採らずに餓死しようとしたけど、親に見つかって、病院に運ばれたのが小三の頃。泣きじゃくり母親に何で悩みを打ち明けてくれなかったんだと怒鳴る父親を前に僕は冷めた感情を抱いた。  あなた達に分かるわけがない……。  そう僕のような無性別者に理解者なんかいない。  性別がある人は性別がない人の気持ち何か分かるわけがない。男が女の気持ちを分かろうとするような努力みたいなものじゃない。女が男を理解しようとするようなものじゃない。そんな次元じゃないんだ。生まれた時から僕らには苦悩しかなくって、死にたいくらいに悩んで、本当に死んじゃった人のなんと多い事か、あなた達に何が分かるの? 話せば分かるなんて言うのは能天気な奴らの言う事だ。  本当の事を言うね。  お前らに何が分かるの? 分かりもしないのにNPO法人なんか立ち上げて性別がある癖に私達はあなたの味方ですなんて、だったら何で無性別者が代表に居ないの? 本当にそれで分かった気でいるの? 一体何を分かったと言えるの? 世間が無性別者を理解できるような社会作りをするとかわけわかんない理想掲げているけど、多分、やり方間違っていると思うよ。そもそも、深刻な悩みを持って居る無性別者なんてもう声上げること自体疲れているんだから、この活動自体本当に救えるのは氷山の一角ですらないんだと思う。  「何がダメなの? あなただって死にたいくせに」  仲原さんは僕を責めるでもなく、ただ哀しそうに言う。  僕は何も言えなかった。本当にその通りだったから。僕は死にたがっていた。あの陸橋で仲原さんに救われなかったら死んでいた。本当は死にたくなかったけど、生きている方がつらいと思うと、そのつらい時間がこの先を続くと思うと、死ぬ事よりも恐怖に思えて僕はあの時本当に死のうと思った。  だから僕は黙るしかなかった。  「私ね、分かるんだよ。あなたは本当に死にたがっている。そうでなければセックスをこんなに悲しい表情でしない。そうでしょ?」  「僕は悲しそうな表情をしていたの?」  「今にも泣き出しそうな死にそうな表情をしていた」  「……そう」  仲原さんは僕の顔を撫でる。  「ほら、また。おいで」  そう言って仲原さんは僕を抱き締める。  温かい女の人の体温を感じた。彼女の深く息する声を聞きながら僕は深く疲れていた。  「何かあったの?」  「彼女と別れる」  「それは好きだったの?」  「うん」  「そう……辛いね」  仲原さんはそう言って僕を抱く。  「死んだらダメだよ」  それは死にたがっている仲原さんから出る言葉とは思えなかった。  彼氏からDVを受けて、身体も心も傷ついて本当に死にたがっている人から死んでは駄目だと言われること程、説得力のあるものはない。同じ死んでは駄目と言う言葉を死にたがっていない人から言われたとしても他人事にしか聞こえないけど、同じ死にたがっている人から言われると、本当にそうなっては駄目なんだと思う。  まったくではないが同じ境遇の人から言われると勇気が出る。  ただの偽善ではなく本当にそう思われている気がする。  それはきっと祈りなんだ。  本当は生きたいけど死ぬのが寂しい。もし同じ人が死んだら自分がそうなってしまうかも知れない。そうならないようにその人を勇気づけよう。勇気づけなくちゃと思う。  その人はもうひとりの自分のように思えて、その人の為に生きる事が自分の為みたいに思えて、その人が生きて居る事が自分の為に思えるから、言ってしまえば共依存なんだ。  心の弱い人間は弱いからこそ依存し合う。  そうでなければ生きていけないから。  僕らにとってこの世界は本当に生きづらい。  「なんとか頑張るよ」  僕は希望を可能な限り水で薄めたような言葉で言った。
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