第一章

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第一章

 SNSで出会った人と今日ごはんを食べて少し話して、セックスをするだけの関係をエンコウと呼ぶなら、これはまさにそうなのかも知れないけど、でも僕に性別がないからそう言うのって当てはまるのかなって少し思って、考えたけど、世間的に女として登録して女の人と会うなら充分にエンコウだと思われるだろうし、仮に僕が男と会うとしてもそれもまたエンコウだと思われるだろう。  だから、夜のファミレスでOL風の女の人が男子制服の僕を見て少し驚いたのにはクスッと笑った。僕は男じゃないよー、女でもないけどねー。  「男の子と合うなんて久しぶり、高校生? 何歳?」  「中学生、十五です」  「若! じゃあもう受験?」  「もう決まってます。中高一貫校なので」  「へぇ……てか、大丈夫なの? 私にそんなの教えて」  女の人は僕を小ばかにするように笑う。  「大丈夫ですよ、この制服も、学校も年齢も少しサバ読んでますから。本当は二十歳なんです」  「分かりやすい嘘。ウケる!」  うん、嘘だよー。本当は高校一年で十五なのは本当だけど、あなたに見せているこの性別も制服も全部嘘。本当は友達から借りたモノを着ているだけだし、それに、僕あなたに興味ないんです。僕が興味あるのはこうしてウリをしている事に対しての背徳感と抱かれた時に感じる高揚感と、生きているんだなっていう実感だけが目的で、性的な興奮と言うのは僕にはあまり興味なかった。  そもそもアレがないんだから僕は指を使うしかないんだし、出来るけど別に感じないから入れられた所でって事だから、性行為と言うよりは僕にとってはただの作業でしかなかった。  「てかさぁ、てかさぁ何で女なのに女と会おうとしたの?」  「……女?」  何言ってんだこの人は? 僕が女な訳ないのに。  「あんた、女でしょ? 何となく分かるんだ。雰囲気で!」  「……へぇ、すごいね」  僕はそのまま曖昧にした。  この人少し鋭いところあるけど、半分当たりで半分外れ。  確かに僕の身体は一部を除いて割と女性寄りだ。子宮はないけど胸もない。ホルモンバランスがどちらかに傾いたら、もしかしたら胸が出るかもしれないけど、今の所そんな傾向はなかった。  「なんで、女と会おうとしたの、レズ?」  うるさい人だ。  「そうだね、うん、レズかも……」  僕は息が掛かりそうな距離まで顔を近づけて言う。彼女は驚いて眼を大きくしているけど……。  「ワォ……意外と肉食的?」  彼女もどうやら肉食的らしい。  「てか、何か食べよ! 私仕事帰りでお腹空いちゃった! えーと、何にしようかな?」  そう言って彼女はメニューを開いた。特に緊張している様子はない。割と自然で若くて性を持て余している健康的な人だ。  ▽  『お前またウリしてんのかよ』  自宅のシャワーで友達が電話で呆れ声の溜息を吐く。その声を聞いたのが一週間前の金曜日。僕はウリは金曜日しかしない。アカウントは定期的に変えているし、一度会った人にはもう会わない。地元でもウリはしない、だけど電車で簡単に通える距離は限りがあるから警察にマークされれば僕は捕まる。年齢的に家庭裁判所の管轄だろうけど、社会的制裁は司法より世間の方が厳しい。気を付けないと。  僕はシャワーを止めた。髪を拭く。電話を耳に当てる。  「うるさいな、リュウイチ。心配し過ぎ」  『片仮名で呼ぶの止めろ。俺は隆一。もう男になったんだ』  「元から男だったんだろ。少なくとも心だけは」  『昔の話しは辞めろって……てか、お前学校行ってんの?』  リュウイチとは高校違いだ。彼が僕が登校しているのか知るのはいつも電話で確認するしかない。  「行ってない」  『行けよぉ! 頭良いんだから』  「関係ないだろ」  『無くはないけどさぁ……俺、本当にお前の事が心配なんだよ』  「ありがと」  『分かって居るなら、ウリだけは辞めろ』  「なんで?」  『……』  リュウイチは黙ってしまった。  「僕の事抱いてくれたら辞めても良いよ」  『………分かった』  「え」  僕は電話を慌てて切ってしまった。  だって本当に冗談で言っただけなのに僕の事本当に真剣に考えてくれている友達に抱かれるなんて思った事もなかった。男とやった事が無い訳じゃないけど、どうしてもリュウイチだけは特別だった。彼とやるって思うと少し怖い……。  何で? リュウイチも元は性別がなかったから? 彼の場合心だけはずっと男だったけど。それとも……。  「はぁ……僕がどっちつかずの半端者だからなのかな」  あの日の夜、僕は脱衣所で溜息を吐いた。  ▽  「溜息なんかついて、やっぱり後悔してんじゃないの?」  仲原さんは浴槽に浸かりながら僕に話し掛ける。  ラブホのシャワーって意外と快適なんだね。浴槽も思ったより広いしガラス越しにベッド丸見えで、あそこでアソコを勃てた男が女の裸を見るんだ。  「してないよ後悔なんて」  「嘘、君寂しそうだよ?」  「気のせいでしょ」  僕はシャワーを止めた。そして、一緒に浴槽に入った。僕は向かい合って仲原さんを見る。ちなみに仲原さんとは彼女の事だ。仲原由美、それが彼女の名だけど本名かは知らない。一応、SNSでの彼女は椿姫だった。僕はアヤと登録している。由来はない。テキトーだ。  「やめても良いんだよ」  「やめないよ」  「私が今日はしたくないの」  「……」  「安心して君にホテル代出させるほど私は悪い大人じゃないよ」  「女と登録してある人を抱こうとする人を良い人とは言わなくない?」  「男と登録して女を抱こうとする女を悪いとは思わない」  「バイセクシャルの人なら?」  「私達よりもっと遊んでいるでしょ」  「それは偏見じゃない?」  「会った事ないもん。会えば認識改める」  「君は現代人的な考え方だね」  「あなたは自虐的な考えね」  僕は黙った。  「ねぇ、あなたって性同一性障害なの?」  △  僕は吐いた。  便器に顔を突っ込むように胃の中の物質を全て押し出すように胃液すらも押し出すように僕は吐きまくった。  性同一性障害だって? そんな異性愛者が着けたようなくだらない病気区分で僕を区別するんじゃない。僕は彼女に、仲原さんに怒っているのか、性同一性障害そう名付けた異性愛者に怒っているのか、僕自身に怒っているのか分からなかった。  「アイ、大丈夫?」  妹が僕を心配する。  僕は心配掛けないように笑顔で繕った。顎に胃液が残るのをトイレットペーパーで拭いた。  「大丈夫だよ、ありがとう、レイ」  それが僕の妹の名だった。  僕の漢字が逢で妹が玲。もっと男の子のような名前を付けてくれれば良かったのにと何度も僕は思ったけど、結局僕自身この名の響きが好きだった。  「アイ最近何だか苦しそう……」  「僕が?」  「うん、やっぱり生理って辛いの?」  僕は泣きそうになった。  僕は女じゃない! 子宮なんかないんだから生理が来るわけない! ただただ女性ホルモンは少し多くって、男性ホルモンは少し少ないくせに身体の何処にも男性を現すものがなくって、その癖に何故か定期的にホルモンバランスが崩れる。  僕は男になりたいのに!! 僕は男になりたいのに!!  でも、身体が少しずつ変わって行く。僕はそれが『少しずつ性別が着いて行くという恐怖』に生まれてから十五年間震えていた。  「大丈夫アイは私が守るから」  妹に頭を抱かれ僕は泣いた。男の子なのに恥ずかしげもなく泣いてしまった。  「うわぁぁあああ!!! あぁああ!!」
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