肩、形、型

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肩、形、型

担ぎ手のいない神輿がぽつんと展示されている。撤去が間に合わなかったお祭りを知らせる看板、ハレの日を期待させる提灯。人の賑わいで溢れ変えるはずの夜の大通りは、何もなかったような日常。展示された神輿をスマホで写真に撮る人が、まばらに立ち止まるだけ。 肩に担がれない神輿は、形ばかりの置き物と化した。小さな祭りにも盛り上げるための「型」がある。転校や転勤であちこち渡り歩いてきた私は、その土地その土地の小さな祭りのほんの僅かな「型」の違いを密かに楽しんでいた。 サービス業で働くようになってからは、祭りの日は仕事が忙しくなる半強制出勤日。テレビで祭りの様子を伝えるニュースを見て、今日も忙しかったと振り返るのが日常だったのに。 「いつになったら肩透かしは終わるんだ?」 ニュースで映された神輿が、少し低めの男性の音程で愚痴を言っている。 「迷惑系YouTuberが祭だー!って、勝手に担いでくれればいいのに」 私の不謹慎発言に夫は画面を指差す。 「そういう奴が出ると想定して、神輿はがんじがらめで固定されてるよ、可哀想に」 画面の神輿は私達の雑談に加わった。 「いつも揺さぶられて高く担がれるばかりなんで、低い所から見る夜空も新鮮。揺れない星を眺める貴重な夜だと思って諦めるさ」 夏の象徴の神輿が切ないことを言った所で、ニュースは切り替わり、またコロナの話。 「神輿ってロマンチストだね」 私は感心してしまった。夫は首を捻りつつ含み笑いをして続ける。 「下から眺めてるのは星じゃなく、女性の脚だっりして。祭りで担がれてるときは上からサラシの胸元見てそう」 「え、神輿はそういうタイプ?あなたのゲスい勘繰りじゃなくて?」 「さあ?声からして男だったから」 突然、8畳の狭いリビングに地震のような強い揺れが下から突き上げるように起こる。 「人が綺麗にまとめたのに混ぜ返すな!」 画面に映されたいた神輿が、床と隣の寝室との壁をぶち破って突然我が家に現れた。 「す、すみません…」 夫があり得ない事態に驚いて反射的に謝る。私はぶち抜かれて大きな穴が空いた壁と床を見て、神輿に土下座する。 「馬鹿な夫が申し訳ありません。穴はたぶん住宅の保険の対象外なんで神輿様のお力で、どうかなかった事に。星を愛でる優しい神輿様」 「祭りが無くなっても星を眺めて詩を詠むんだよ、僕は。穴は塞いでおく、君に免じて。来年こそ祭りがある事を祈って、さらば」 神輿は今度は天井を突き抜けて帰っていったが、床、壁、天井の穴は塞がっていた。 「びっくりして心臓止まるかと思った。神輿が現れるなんて。あなたが変な事言うからよ」 夫を軽く睨みつける。 「星を愛でるどころか図星だったんじゃ?」 夫は何かの紙束を手にして頁を捲っている。 そこには神輿から見た視点の、墨で描かれた素描が何枚かあった。 「ゲッ!上から見てる構図は女性の担ぎ手の胸元ばかりだし、下から見てる構図は脚を描いた女性ばかり」 「不埒な神輿だから神輿を新品に変えた方がいいかもな」 ポロッ、ガリガリ、ミシミシ。壁、床、天井でまた穴が空きそうな不穏な音がする。 「見なかった事にしよう。その帳面は返そうよ、家が木っ端微塵になりそう」 私が夫から取り上げた帳面を高く放り投げる。天井が音もなく割れて、腕をひょいと伸ばすように人が担ぐ所の神輿の脇棒が出てきて、先端が手の形に変形して帳面をキャッチする。 「誰にも言うな…言ったらわかってるな?」 ドスの効いた低い声で神輿は脅しを掛けて帰って行った。 夫は声を潜めて耳打ちする。 「異性は誤魔化せても同性は誤魔化せない。上手い事言うから、変だと思ったらやっぱり」 「とんだ肩透かしを食らったわ、お祭り中止より酷い」 私もこそこそと囁き返す。 夏の夜、我が家は誰にも言うに言えない秘密を抱えた。家をまたいつ破壊されるかわからない。ここだけの話、神輿には気をつけて。ごくごく一部に不埒なのがいるようなので。 (了)
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