今日は僕の誕生日

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 ……誠が産声を上げた頃、ジャンボ機はT山に墜落した。  至は上司に呼び出されて空港へ向かった。  そのまま一ヶ月もの間帰ってこなかった。あの機体の整備士達は箝口令(かんこうれい)を敷かれた上、外界から完全に隔離されたのだ。 『お前ら、わかってるな。マスコミに余計なこと言うんじゃねぇぞ。全員、ほとぼりが冷めるまでこの部屋で過ごしてもらう。いいな! ……』  帰宅した時、至は特に(やつ)れるでもなく、落ち着いているように見えた。  愛にはいい夫、誠にはいい父親として。平穏な生活を営み続けた。仕事にも精力的だった。  しかし、年に一度。  夏が近づくにつれ、至はおかしくなっていく。  八月に入れば、有給休暇を全て消化し、廃人のように引きこもってしまう。  テレビに(かじ)りつくのだ。寝食も忘れ、事故の関連ニュースや特番を余さず視聴する。ビデオに録画までして、夜中も繰り返し再生する。  そして……最も狂うのは、A子が現れる時。  一年経つごとに美しく成長し、輝く瞳で未来を見据え始めた奇跡の少女。  A子を見る度に、至の心は地獄の底に巻き戻ってしまう……。 (A子は生き延びて、犠牲者達の象徴になった) (もしA子も死んでいたなら、その存在は平らに埋没(まいぼつ)していたはずだ) (いっそ、全員死んでいたら……彼も、ここまでおかしくはならなかったんじゃないのか。……) 「……誠のせいにすんじゃねーよ」  狂乱する夫。  その背中に、愛はボソボソと呟いた。 「人のせいにすんなよ。こっちは何の関係もねーわ。私が子供生もうが何しようが、どうせお前には何もできなかったんだろ……」  肩口がねっとりと濡れて重たい。片栗粉を付けすぎた鶏もも肉みたい。誠の垂らした鼻水だ。  泣き声の合間に、絶交したばかりの女の声が聞こえてきた。 『実際の被害者でもない私がさ、誰かを恨んで恨んで、一生ゆるさないでいるよりかは健全じゃない? 西瓜ひとつ食べられないでいるほうが』 「……そうだね。私達は、夫婦揃って不健全なんだろうね。……」  真っ赤な西瓜の匂いが漂う安アパート。  ベビーベッドの底で、赤ん坊がゆっくりと目を開けた。  何の光も宿さない真っ黒な瞳で、テレビ画面の少女をじっと見つめている。
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