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「やっほー愛ちゃん。お疲れ様」
「理恵ちゃん、今朝もありがとう。助かっちゃった」
「おばちゃん! 結子ちゃんいる?」
「いるよー! ハムハムと遊んでるよ。上がって、ジュース飲もう」
「りんご飲む! ダーンダーン! ズクシ!」
「ごめんね、うるさくて……」
「いいのいいの! 結子も喜ぶし。上がってって、愛ちゃん」
誠は今日誕生日だ。幼稚園が夏休みなので、日付感覚は薄くなっていそうなものだが、ちゃんと理解しつつあるのだろうか。いつもより高揚しているように見える。
(でも、言わないでよ。誕生日だとか……)
理恵に気を遣わせてしまうかもしれない。
興奮していても、靴は揃えて脱ぐのが誠のいいところだ。玄関から丸見えの居間まで駆けていって、ハムスターと戯れる結子に合流した。
誠と結子は共に昭和六十年生まれ。同じ幼稚園の年中で、同じ組だ。その誼で、愛と理恵も交流してきた。
愛は、体の前に実、後ろにリュック、手にビニール袋を提げて部屋に上がった。扇風機がぐるぐると風を送ってくる。
理恵はジュースと菓子、自分達の麦茶を手際よくちゃぶ台に並べた。愛が座布団の上に実を寝かせて落ち着いたところで、「診察券ある? 預かるね」と言う。
「ごめんね……」
「気にしないで! またいつでも電話して」
「理恵ちゃんち、帰省とかしないの?」
「あー、うちはしない」
診察券とは、先程の耳鼻科のものだ。
あそこは当日予約制で、診療時間前、受付に診察券を出して氏名を書いておく。これをしておかないと、数時間待たされることもあるのだ。
誠は鼻炎持ちで、しょっちゅうあそこに行っては、大きな機械の前に座って霧状の薬を吸入している。
誠ひとりの時はなんとかしていたが、実が生まれてからは苦労だった。朝からふたりの面倒を見つつ、予約のために耳鼻科に出向いて。一旦帰宅し、診察が始まる頃にまた連れて行かなければならない。
先月、理恵と世間話をしている時にその話題になった。彼女は同情し、そして迷いなく申し出た。
「その耳鼻科、うちは徒歩一分だよ。よかったら診察券預かろうか? で、耳鼻科行く日は電話してよ。すぐ予約してきちゃうから」
「えっ! そんな、悪いよ……」
「いいよ、たいしたことじゃないし、うちは結子だけだしさ。で、終わったらうちに寄って、また診察券渡してくれればいいじゃん。ずっと安定して通えたら、誠君の鼻炎もよくなるかもしれないよ……」
(……)
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