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「実ちゃん寝てるんだ。いい子だねぇ」
理恵の優しい声を聞いて、愛は現実に引き戻された。ぼんやりしていたらしい。
「愛ちゃんも眠いよね。大変でしょ」
「ううん、平気」
「そう? まあ、少しでも休憩してって」
コップと菓子受けを胸の前まで押しやられる。
それに手を付ける前に、あっと思い出して、愛は腰の後ろのビニール袋に触れた。
「理恵ちゃん。これ、つまらないものだけど……」
「えっ。そんな、気遣わなくていいのに!」
「あっ違うの。実家がたくさん送ってきて。食べ切れないから、手伝ってくれたらなって……理恵ちゃんが好きならいいんだけど」
両腕をわなわなさせながら、互いの膝の前に持ってきた。
本当は、ごろりと転がしたいほど重い。昨晩体重計で量ってみたら、一歳三ヶ月の実とほぼ同じ九キロだった。買えばそこそこする大玉西瓜。日頃の感謝の気持ちを表すにはいいところだろう。
袋の持ち手を下に引き、表面を見せる。濃い緑地に、真っ暗な雷模様。きっと甘いはずだ。
けれど。
友人からは、何の反応もなかった。
愛はきょとんとした。顔を上げ、正面から理恵の表情を伺った。
理恵は西瓜を見下ろしたまま、顔面から全ての血色を滑り落としていた。まるで腐りかけた人の生首でも目撃したかのように。
半袖の両腕に鳥肌が立っている。それを持ち上げて、顔の前で交差し、西瓜から大きく目を逸らした。
すぐ横では誠と結子が笑い合っている。
無邪気なそのBGMを聞きながら、悪趣味なオブジェみたいになった理恵を見つめて、愛はようやく
「えっ」
と言った。
理恵がくぐもった声を出す。
「……ごめん。愛ちゃん、ごめん、本当……せっかく……」
「り――理恵ちゃん! 西瓜ダメだった? えっと、匂いとか? ごめんなさい、あの私、持って帰るから!」
「う、ん……そうしてくれる? ごめん……」
「外に出してくる!」
西瓜を抱えて表に飛び出した。
自転車の後ろカゴに勢いよく突っ込む。後輪がグラリと揺れて、危うく倒れそうになるのを縋り付くように止めた。
「……」
一○二号室に戻るのはすぐだ。だが愛は、玄関扉の前で立ち尽くしてしまい、スカスカ軽い全身で蝉の声を吸い込み続けた。
ドアノブに手をかけることができたのは、結局、いつまでも我が子ふたりを放置してはおけなかったからだ。
が、扉を開けたのは愛ではなかった。部屋の中から、幼い妹を抱っこした誠、そして青ざめたままの理恵が顔を出した。
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