理恵と西瓜

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 理恵は無言で誠の背を押した。  誠は「結子ちゃんまたね」と言って、愛の足元に並んだ。  愛は放心したまま、誠から赤ん坊を取り、きちんと腹に(くく)り付けた。  装着が終わるなり、理恵は愛のリュックをも突き出してきた。 「……診察券、入れておいたから」  極めて硬質な声。石礫(いしつぶて)でも投げつけられたように涙を溜めて、愛はじっと理恵の目を見た。 「そんなに嫌だった? 理恵ちゃん……」 「ごめんね。愛ちゃんは悪くない」 「西瓜が嫌いだなんて、知らなかったの」 「愛ちゃんは悪くない。西瓜も……好きだったよ、昔は」 「じゃあ、なんで」 「五年前までは大好きだった。……子供の頃から、お盆休みには、実家の縁側に親戚が集まってね。西瓜切って、皆でムシャムシャ食べてたよ。私も」 「なんなの……」 「……私の実家、N県なんだ。T山の(ふもと)。五年前。……ねぇ、どっかで聞いたことない?」  息を飲んだ。  この国の大抵の大人は、同じ日付、同じ景色を思い浮かべることだろう――テレビや新聞で繰り返し見てきたから。  昭和六十年八月、ジャンボ機墜落事故。  盆の入りで、ほぼ満席だった。五百人超という、世界最悪の犠牲者数を出してしまった航空事故。  離陸直後から制御不能状態に陥った機体は、機長らの戦いも虚しく、N県T山の頂上に墜落した。 「私、それ見てたんだ。墜ちるところ。地上から」 「えっ……」 「結子は十月生まれなんだけど、その時お腹の中にいてさ。私は出産に備えて実家に帰ってた」 「……」 「夕方、縁側に親戚が集まってさ。西瓜切って、ムシャムシャ食べてたの。そしたら、すぐ上からドーンって雷みたいな音がして。見上げたら、大きな飛行機がえらい低さで飛んでんの」 「……」 「おかしい、こんなとこにジャンボがいるわけないって。墜ちる、墜ちる、墜ちるーッて皆叫んで。飛行機はすぐ目の前の山まで飛んでいって。木にバキバキぶつかりながら、最後に少しだけ浮き上がって、そして」 「やめてよ……」
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