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付き纏ってくるアイツ
ああ、今年も夏がやってきた。
逃げても逃げても、避けても避けても、しつこい。
そのくせ追いかけると逃げる。
何なんだいったい…。
そんな駆け引きをされても俺は絶対に靡かない。靡くわけがない。
アイツに好かれても迷惑なだけだ。
発散出来ないイライラは夏の不快指数と共に常に上昇している。
自慢するわけではないが、友人にも職場でも割かし優しい人だと言われる。
ビビりだし人見知りだが表コミュ力ならまあ高いほうだと思う。
来るもの(時と場合により)拒まず、去る者(耐えて)追わず。
押しには弱い。それは認めよう。
けれどアイツだけはごめんだ。
集団でいても俺だけ付き纏われる。
外に出て見つかれば一瞬でターゲットにされる。
血液型はAだがそれか?
フェロモンがダダ漏れしてるのか?
それとも俺の足が臭いのか?!
なにより煩い、常識がない。
時間を問わず訪ねて来るのを止めろ!特に夜だ!
俺は8時間睡眠が理想で4時間以下睡眠が3日続くとアウトなんだよ!
寝るのは好きだが夜更かしはもっと好きだからギリギリまで起きてギリギリまで寝てたいからお前にかまってる暇なんてないんじゃーーー!!!
息を切らし叫んでみても何の反応もない。
29度設定のエアコンに弱風の扇風機。
就寝後3時間切タイマー、起床前2時間入タイマー予約済。
保冷剤4個(小なら6個)をタオルで巻いて首元に当たるように設置。
タンクトップにハーフパンツの軽装備。
暑がりかつお腹の弱い俺の準備は万全だった。
それなのに…。
プーーーーーーーーーーン
視力が悪くなるのは嫌だが就寝前のゲームも止められない。
ライフがなくなるまで堪能し電気を消した15分後。
寝落ち間際、無意識な気持ちよさを感じている間に唐突に現実に引き戻される。
前世が何だったかはまるで思い出せないが、狩猟民族、戦闘民族、ハンター、アサシン、SP、特殊部隊、スパイ、用心棒、何らかの血が騒ぐ。
暗がりの中迷わず紐を引き視界の幅を広げる。
これでお互いがお互いの存在を察知できる、まずは状況をイーブンにする。
音が止んだ。
いつもこうだ。
俺は食事の前に必ず「いただきます」と言う。
無駄な殺生はしたくない。
けれど、KとGだけは無理だ!そこは申し訳ないと思う!!
今回はKに対して俺なりの意見を述べさせてもらいたい。
ずっと抱えてた気持ちだ、後悔のないように全力でぶつけさせてもらおう。
プーーーーーーーーーン
って音はやめてもらえないだろうか。
そもそも音が高すぎる。
なぜ耳障りな音を出すのか。
バレたら命を取られる覚悟で寄ってくるのにわざわざ知らせる意味がわからない。
そのくせ電気をつけると音が止む。
そもそも、プーーーーーーーーーーンという擬音はこれで合っているのだろうか。
ちょっと口を窄めてンーーーーーーーーーーンと高く言ってみればそれっぽくなるのではないか?
そうなると、ム゛ーーーーーーーーーーンでも良い気がするし、
フーーーーーーーーーーンでも代用可能な気もする。
ハッキリとした答えが知りたいが、モスキート音と言うくらいだから人類は遥か昔からこの音を表現することを諦めたのだろう。
そしてなぜ痒みを残すのか。
子孫を残すために俺の血が必要なのは理解できる。
生存競争を生き抜くためには犠牲が必要だ。
だが、わざわざ痒くさせる必要はあるか?
血を奪い毒を残して逃亡するなど悪魔の所業だ。
なんなら俺は献血によく行く。
風邪はめったにひかない、最近体重が増えたことが悩みだが至って健康優良体だ。
さぞかし血も美味しかろう。
「お産を間近に控えお腹が空いております。お願いです、あなたの血を分けてください!」
そうお願いするのであれば回数制限を設けた上最大限の譲歩をしてを我が身を差し出しても良い。
痒みが残らないのであれば他人の分まで進んで分け与えよう。
なのになぜ痒みを残すのか?!
お願いをされたわけでもなく勝手に血を取られ、あげく敗北感と苦痛と痒みを残された睡眠時間で対処しなければならない。
不毛。あまりに不毛だ。
我慢できずに搔きむしれば柔いふくらはぎに血がにじむ。
ただでさえ年々再生能力が落ちているのに傷が残ったらどうしてくれるんだ!
去年の噛み後を指でなぞりながら忌々しさが込み上げる。
負けっぱなしだと思うなよ。
毎年戦ってるんだ、こっちだって戦闘スキルは上がっている。
戦い方は人それぞれだと思うが話題にあがらないので他人の戦闘スタイルは知らない。
狩りは自己流だが確率はそこそこ高いと自負している。
何より、本気になった俺はターゲットを仕留めるまで時間をいとわない。
貴重なライフ(睡眠時間)を削って挑むんだ。勝つか負けるか、だ。
食後腹が膨れ動きが遅い者は手で仕留めやすいが、空腹時の動きが早い者は逃げられる可能性が高い。
一瞬だけ姿を見せたそれは俊敏な動きを見せ、視力右2.0左1.5を振り切った。
姿を見せないのであればそれでも良い。
エアコンと扇風機を切り、あえて相手が動きやすい状況を作り出してやる。
腹が減っているんだろ?子供たちの為に俺の血が必要なんだろう?
二酸化炭素に反応する事は既に情報収集済みだ。
大きく口で息を吐き、ハーフパンツを捲し上げ太腿を出しておびき出す。
その黒い姿を少しでも見せればすぐわかるほど壁紙は白で統一している。
トラップは完璧、背中を任せられるバディはいないので壁にもたれかかる。
危険を冒してまで血が欲しいのに音を出すのを止められない。
仕留めにくい顔周りに来ればすぐわかり、ここではないと首を振る。
射程内に入るまで根気よく待ち、ついにその瞬間が訪れる。
様子を見るように肌に触れるか触れないか数回躊躇した後、羽を下ろし動きが止まる。
スパーーーーーーーーーーン!!!!!
手のひらの指をピッタリと閉じ、斜め上から素早く叩く。
自分の身体だろうと容赦はしない、思い切り振り切ることでスピードが出る。
ゆっくりと手のひらを返し、黒い小さな塊だけを確認した。
命を投げ出す覚悟で向かってきたのに、一吸いも出来ないまま仕留められた。
完全勝利だ…。
思っていたよりもライフ消費なく片付いた満足感か、誰にも認められず誰にも褒められない状況でも口元が緩む。
これでようやく安眠が出来る。
善戦した相手を称えながらその小さな身体をティッシュで拭い、太腿に付いた僅かな痕も処理した。
赤く晴れた肌は本気で戦った証、痛みはすぐ引く。
満ち足りた気分のまま床に就き、エアコンと扇風機をつける。
再び現実から離れ気持ち良さを感じていると、チリチリと違和感を感じる。
違和感は徐々に大きくなり、ポリポリからボリボリと徐々に爪を立てていく。
やられた!!!!!
血は一滴も吸われていない。痕は何もなかった。
なんなんだ、なんなんだ一体!!
死してもなお攻撃を仕掛ける何かの能力持ちか!!!
思わず感情的になるが、ふーーーっと息を吐き冷静さを取り戻す。
よかろう、延長戦だ。
夏はまだまだ始まったばかり。
俺の戦いは、これからも続く。
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