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ところが、聞き込みは初っ端から躓いた。 「いたいた。すいませーん」 先日の台風で吹き飛ばされたらしい、無人販売所を修理していた老人が懐っこく相好を崩す。 「おや珍しい、よその人かね。日水村には何の用事で?」 「今佐沼さんちに滞在してるんです。ご存じですか、茶倉スピリチュアルサービス略してTSS。コイツがそこの代表で俺が助手。もしよければお話聞かせてもらえませんか、こないだの土砂崩れやおきゅうさまの」 「アホ!」 老人の顔がみるみる険しくなっていく。 「佐沼の嫁の客か。ワシは何も知らん、他をあたってくれ」 「え、でも」 「知らんったら知らん」 手の甲でそっけなく追い立てられる。片っ端から捕まえてみたが結果は同じ、俺たちが佐沼邸に世話になってると知った途端みんな態度が硬化する。 「えらい嫌われようやな」 「ここまでとは思わなかったぜ」 茶倉が俺を押しのけ前に出る。 「選手交代」 きびきびした足取りで田植え中の老婆に接近するやスマートに名刺を出す。 「こんにちは、ご精がでますね」 「誰だい、うちの村じゃ見たことない色男だね」 「フィールドワーク中に立ち寄ったんです」 「ひーるどわーく?」 お年寄りあるある、「ふぃ」が言えねえ。 「早い話が現地調査ですね。実は僕、成城大学で民俗学を研究してまして。今日は日水村で信仰されてる、土地神さまの由来を調べにきたんです。なんでもおきゅうさまというそうですね」 よしいいぞ、その調子。さすが茶倉、猫をかぶらせたら最強。いや待て、成城大学てなんだ。経歴詐称じゃねえのかそれは。 「おきゅうさまの事を知りたいのか。変わってるね。いいよ、私が知ってるのは」 「女房から離れろ詐欺師!」 太い怒号が炸裂し、無料販売所を直してた爺ちゃんが走ってきた。夫婦だったのか。 「チッ」 「ずらかるぞ!」 割とノリノリで悪党のキメ台詞を吐いちまった。舌打ちする茶倉を引きずり猛スピードで離脱、どうにか難を逃れる。遥か後方の爺ちゃんが「塩まけ塩」とキレ散らかす。 「塩害で田んぼ枯れてまえ」 「名刺よこせ」 「なんで」 「いいから」 名刺ケースをむしりとり中をあらため、脱力した。 「『成城大学文芸学部文化史学科民俗学准教授 茶倉練』て名前以外に事実が一個もねえじゃん」 「フェイクやもん」 「使い分けてんのかよ、見損なった」 「まだある。切り札はようけ用意しとかな」 「たくさんあったら切り札じゃなく捨て札だろ」 教授にしなかっただけ謙虚だって褒めりゃいいのか?本人は反省の色なく「柳田國男の母校にしたんや、平民は権威に弱いさかいに」とうそぶいてた。 「『平民』でこっち見んのやめろ。端的に申し上げて非常に不愉快」 こんな感じで空振り続き、しまいにゃ俺たちを見たそばから村人が逃げていく。 「田んぼ枯れろとか呪詛ったの聞こえたんじゃねーの」 「お前のデコが眩しいからや。天照らすな」 「岩室もってこい」 仕方ない。一旦切り上げ、藤代さんの母親に話を聞きに行く。メモに描いてもらった地図と睨めっこし石垣沿いに進んでいくと、見覚えある一軒家に行き当たった。 「ここはさっきの……」 あの婆ちゃんが藤代さんのお袋さんだったのか。言われてみりゃ顔が似てる。すごい偶然……ってほどでもないか、狭い村ならよくあることだ。 「ごめんください」 ピンポンを押す。反応なし。磨りガラスの嵌まった引き戸を叩くも同じ。 「居留守?」 「待てよ」 もしやと思って庭に回り込む。いた。二時間前と同じ姿勢でうたたねしてるのにちょっと感動した、ロングスリーパーだ。風邪ひくんじゃないか心配になる。 「すいませーん、藤代さんのお母さんですよね?俺、東京からきた烏丸っていいます。こっちが上司の茶倉。佐沼尚人さんが亡くなった土砂崩れの件を調べてるんですが、おきゅうさまの事でなにかご存じでしたら教えてくださいませんか」 「…………」 無反応。無関心。スルー。重たい沈黙が立ち込める。一人芝居みたいで恥ずかしい。茶倉が眉根を寄せて腕を組む。 「生きとるんか」 「脅かすなよ」 念のため口元に手を翳してみた。かすかに呼吸を感じる。安堵の息を吐く俺の隣に立ち、茶倉が地の口調で告げる。 「なあ婆さん、アンタがここの長老なんやろ?百年以上生きとったらさぞ物知りやろな。俺たち今困っとるんよ、知恵袋の紐緩めたってや」 ちゃっかり婆ちゃんの隣に腰掛け、上目遣いに媚びる。もとい甘える。レンタル孫やホストの偽名刺も用意しとけ。 「おきゅうさま……」 襞に囲まれた瞼がゆっくり開き、意識が浮上し始める。固唾を飲んで見守る中、猫背に丸まった老婆が淡々と話し始めたのは、日水村の古い古い言い伝えだった。
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