月とたい焼きの夜

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◆◆  コンビニにはたい焼きがないようです。冷蔵ケースの中にあったと思ったら、カスタードクリーム入りの白いたい焼きでした。違うんです。私はあんこのたい焼きを食べたいんです。  心の中で実況を入れながら、杏子はコンビニを回遊魚のように進む。外にはあまり人がいなかったのに、コンビニの店内にはちらほら客が入っていた。皆この光と冷気に引き寄せられるのだろうか。  やはりたい焼きは見つからず、失意と共に店内の端に寄る。自棄な気持ちのままに缶ビールでも買おうかと思ったが、せっかくのこの夜が台無しになりそうでやめにした。  杏子の視界の先では、店員が商品に値下げのシールを貼っている。SDGsだなと思いながら眺めるうちにひらめきが降ってきた。  たいやきがないなら、嫌いなものを選ぼう。それであの夜を再現しよう。 ◇◇  杏子はげんなりしながら、紙袋に入れてもらったたいやきを手に持って歩いていた。  店主の存在感に負けて買ってしまった。一番人気のシールが目に入ってつぶあんにしたものの、結局あんこはどれも苦手だ。  紙袋越しのぬくもりも、たい焼きからの圧に感じてくる。歩きながら食べてしまおうと思い、紙袋の口を開けるとたい焼きの頭の部分から勢いよくかじった。  あんこのねっとりした甘みが口の中に広がり、内臓がひっくり返ったようになる。しかしそれは一瞬のことで、すぐに二口目に進めた。 「……おいしい」  あんこ入りの食べ物を食べて、おいしいと素直に感じたのは初めてだった。  足が自然と軽やかになり、月もこころなしか際立ってきれいに見える。やっぱり今日は最高の夜だ。
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