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二人が席を離れた瞬間、冬真が盛大に溜息を吐いた。あれくらい自分でいなすべきだったと、真っ先に謝罪を口にする。
「……別にあれくらい大したことじゃねぇけど。……律さ、ああいう類の話嫌いだろ? 適当な所で切ってさっさと逃げればいいじゃねぇか」
弁当を片付ける手が思わず止まる。
え、なんて間抜けた声が口から洩れて、それに冬真が肩を竦めた。
「どれだけ一緒にいたと思ってんだ。律のことなら何でも分かるに決まってんだろ」
自信に満ち溢れた勝気な笑顔が。俺が好きで好きでたまらない笑顔が。心臓に爪を立て、柔い所を抉り出す。
何でも分かるのなら。俺の醜い感情を暴いて、期待なんて微塵も持てなくなるくらい突き放してくれたら良かったのに。……なんて、それはあまりにも自分勝手な願望だ。
「……冬真だからねぇ」
「俺だけじゃなくて、お前もだろ」
お前も俺のこと分かるだろ。
疑問形にならない言葉に。俺に対する絶対的な信頼に。
俺も、と。即答できない。
曖昧に笑って、頷くことしかできない。
恋は盲目とは良く言ったもので。
恋心を自覚する前までは、冬真の全てが見通せて。誰よりも、きっと彼の家族よりも理解出来ていたはずなのに。
それなのに、恋なんて面倒なフィルターがかかった途端、冬真の輪郭がぼやけて霞んで。表面的なものはすくえても、薄皮一枚先すら見えなくなってしまった。
こんな感情捨ててしまえたら楽になれるかもしれない。
そんなことを考えた時期もあるけれど、あと少しだけ。もう少しだけ。甘えと自分勝手な期待で持ち続けるうちに自分では捨てられないほど、大きく育ってしまった。
「あ、そういや律。駅前の書店、リニューアル終わったみたいだし、今日寄って帰ろうぜ」
……本当に、厄介だ。
ガムみたいな感情を引き剥がして、親友として傍にいたいと願う自分と。
親友でさえ越えられない壁の先へ行きたいと願う自分。
矛盾しかなくて笑ってしまう。
叶わないと分かっているのだ。不毛だと、惨めになるだけだと分かっているのに。
「いいね。欲しい本あるし、寄って行こう」
弁当箱を今度こそ鞄の中に突っ込んで、チャックを閉めた。
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