出迎え

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出迎え

 お気に入りの雑貨屋をのぞき、砂浜に足跡をつけてぶらついていると、午前十一時はあっという間だった。  あたしは船着き場で本土からの定期船を待っていた。船着き場の前には、島のみんなが集まっている。船がやって来ると、港の近くに住む人たちは、仕事の手を止めてでも出迎えに行く。あたしのおじいちゃんの、そのまたおじいちゃんの、おじいちゃんの……数えられないほど、昔から続いている風習だ。  定期船は一日に二度往来する。本土行きの便と、本土から水鏡島に戻る便の二つ。時間帯は三種類あって、午前の八時と十一時の便と、午後の七時の便だ。  急病人など緊急時は臨時便が出る。水鏡島に診療所はあるが、大きな病院はない。もしものときは、本土の大きな病院へ駆け込むことになっている。 「見えた! ミラー丸だ!」 「船だ!」  あたしの隣にいた小さな男の子が歓声を上げた。水平線から、船首がにょっきり顔を出すときの高揚感といったら! 何度目にしていても、テンションが上がる。  ミラー丸というのは定期船の名前だ。水鏡から鏡を取って、ミラー丸。このネーミングセンスは……どうなんだろうか。  おばあちゃんからは、お客様は大学生の男女だと聞いている。船を利用する人はほとんど島の人間で顔を見知っているから、すぐに分かるはず。  ミラー丸が銀色の船体を光らせて、どんどんと近づいてくる。甲板には乗客が幾人か出て、風を浴びている。カモメが船に寄り添うように飛んでいた。 「千夏ちゃん、この垂れ幕持って!」 「はい!」  ~水鏡島にようこそ!~  漁港の食堂のおばちゃんから、垂れ幕を渡された。あたしと何人かで協力して、ミラー丸から見えるように垂れ幕を広げる。島民の行き来には使わないけれど、今日のように旅行客が訪れるときに用意するのだ。垂れ幕についた花の装飾は、小学校の図工の授業で作っている。  あっ、垂れ幕で視界が塞がれて、お客様のお顔を見ることができないかも。でもあたしの携帯番号をお客様に伝えているそうだから、いいか。  お客様の名前は「檜山(ひやま)」さんだったな。 「えらいべっぴんさんじゃの~」 「隣の男の人も格好いいわね」  周囲が色めきたっている。垂れ幕を透かすと、日傘を差した黒髪の女の人と、となりに若い男の人が見えた。  どうやらあの二人がやしゅろのお客様だ。  カップルなのかな? でも、部屋は二部屋予約されている。別にカップルだから同室でいなきゃいけないってルールはないし……。  ミラー丸は船体をゆっくり左に傾けて、港に停まった。ミラー丸からロープを受け取った作業員が、てきぱきとした動作でロープを柱に繋いでいく。(柱をビットというんだって)  ミラー丸から、人々が降りてきた! 歓迎の垂れ幕を掲げたあたしたちは、声を張り上げて手も振り上げる。まず、本土から帰ってきた人が降りて、そのあとに二人も降りてきた。 「ようこそ!」 「龍の島、水鏡島に!」  わあわあと出迎えられて、男の人は笑顔を返している。きょろきょろと、周囲を見渡し、あたしを探しているようだった。  あたしは垂れ幕をほかの人たちに預けると、檜山さんたちの前にぽんと現れた。 「こんにちは! 檜山さんですか? やしゅろの者です。お迎えに上がりました!」 「うわっ、ああ、君がやしゅろの―――」 「驚いたわ。私が檜山です」  しまった。ずっと垂れ幕の内にいたから、急に姿を見せて驚かせてしまったみたい。男の人はたじろぎ、檜山さんは涼しい顔をして、驚いたようには見えない。  檜山さんはとても綺麗だった。白いレース地の傘を差し、色白の肌と腰まで届くさらさらの黒髪。それにグラーデーションがかかった空色のワンピース!   男の人は黒ぶちの眼鏡をかけている。細身の身体と、ジーンズがハマっている。胸元にブロンズの龍のペンダントをかけている。  あたしは胸騒ぎを感じた。何かが始まる予感がする。  そ、それよりもお客様の応対が先だ。 「いきなりでごめんなさい! あたしは水咲千夏(みずさきちなつ)といいます」 「僕は雄津(おづ)雄津文也(おづふみや)。大丈夫! ちょっと驚いただけだから」 「ちょっとだけね」 「はは……。ええと、このあとはどうされます?」  二人はスーツケースにリュックサックと、荷物をそれぞれ抱えている。一週間分のものとなると、重そうだな。  水鏡島には電車がない。バスか、タクシーか、自転車か、はたまた車か。あたしが連絡すれば、おじいちゃんが車を出す手筈にはなっている。  檜山さんと雄津さんは顔を見合わせる。雄津さんはにこりと微笑んだ。 「昼食がてら話そうかな。水咲さんのおすすめの場所を教えてよ」
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