子守唄

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 春と出会ったのは高校生のときだった。  互いに積極的な性格でもなく、席が近かったわけでもない。ただ、共通の友達が二、三人ほどいた。それだけの共通点で、私達は今ここにいる。  春は窓側の席にいる印象だった。そう言うと春は笑って「窓側の席だったのは一回しかないよ」と返してくるのだった。そうだったっけ、と首を捻っても、あの青春の記憶はいつも窓辺の春にある。揺れる黒い長髪。肘をついて物憂げにノートを取る表情。教科書を読む声。すっくと立つ姿勢のいい立ち姿。どことなく存在感がないのに、誰よりも堂々としていた春。  友達がいた。少し心の弱い友達。俗世間でいう、メンヘラという類の子。春は束縛されることを嫌うくせに、その子の一番の仲良しだった。私は好きじゃなかったけど、部活が一緒だからと友達でいた。悪い子ではなかったが、私とは合わなかった。 「春は美人だな」  その日、部活は休みだった。春は図書委員で、私は本を返しに来ていた。ただ、それだけ。  カウンターに浅く腰掛け、短編集を開いていた春は、流れるような手つきで返却手続きをしながら、私を見上げていた。 「初めて言われたかも」  春は笑わなかった。今でこそちょこちょこ笑うが、昔はほとんどと言っていいほど、私の前で笑わなかった。 「そう? 春は美人っぽさはないけど美人だよ」  実際、春は目を引く美人ではなかったが、美しかった。喩えるなら、野花のような美しさ。目を留めてみないとわからない自然の美。細い四肢やクセのない黒髪はさることながら、何よりもその瞳の素晴らしさといったらなかった。大粒の輝石が、女神様によって嵌められたような瞳。けれど、どこか余所余所しい瞳。 「口説いているの?」 「くど……」  そんなつもりはなかったんだけど、と頭を掻くと、春は冗談よ、と言って、手続きの終わった本を手渡してくれた。 「ありがとう」  ひらりと揺れるスカートの裾。細い脚が組まれる。 「何よりの口説き文句だわ」  本を読む春の睫毛は、黒く、長かった。
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