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私と春との仲は、世間一般で見れば良かったんだと思う。
当たり前のようにお互いの家を行き来して、漫画を読んで、音楽を聞いて、たまに駄弁った。口数少なくても気まずくなるなんてことはなく、ただ一緒にいるだけだった。ジュースすら出さなかったけど、気にしなかった。というより、そういうのは持参がセオリーだった。
でも、たまに私が手作りのお菓子を出すと、春は喜んだ。ちょうどお菓子作りにハマっていたときに、試食によく付き合ってもらっていたのだ。春は必ず「おいしい」と言った。カップケーキがうまく膨らまなくても。スコーンが焦げていても。クッキーが変な形になっても。私は春の反応が嬉しかった。本当においしそうに食べる春が好きだった。多分、私達が一番幸福だった青春は、このキッチンでの記憶なのだと思う。
それで良かった。私達にはこれくらいがちょうど良かった。
「朱音」
その筈だったのに。
夏休みだった。蝉がうるさく鳴いていた。アスファルトが見るからに熱そうで、外の景色は色濃く、鮮やかだった。寂れた電柱も、止まった烏も、何もかも。
その中で、春は笑っていた。歯を剥き出しにして、仁王立ちして、嘲笑うかのように、威風堂々と聳えていた。
「……春?」
「上がらせて」
有無を言わさず春は家に上がり込み、私も自室に春を通した。しっとりと汗をかいていた。被った帽子の隙間から、ぱらぱらと髪の毛が零れ出る。
春は私を押し倒した。
「……何の冗談?」
「残念。冗談じゃないよ」
窓を覗けば、烏が鳴いていた。つまり、そういう時間帯だった。豪奢な夕焼けが綺麗な時間帯。親はいない。
春はワンピース姿だった。深緑のシャツワンピース。膝上で途切れた裾から伸びた脚が私を押さえつける。
「今日は、女の気分」
キスはしなかった。
そういうものだった。
あとで、メンヘラの子とは絶交したのだと知った。
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