子守唄

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 春は強い人だ。今まで何度も何度も思ってきた。春は強い。しっかりと二本の足で立ち、手すりを必要としない。目を開き、背筋を伸ばし、ハイヒールを難なく履いて歩く。歳を重ねるにつれ、ロングスカートを好んで穿くようになり、ばさばさとさばいて歩いた。大変勇ましく、大変格好良かった。  別に依存していたわけではなかった。付き合っていたわけでもなかったし、実際、私は何度か男と付き合っている間も、春と情を交わした。大体春が私の家へ乗り込んでくるのであり、私から行ったことはなかった。  依存していたわけではなかった。春も、私も。 「子守唄歌って」  最初の独白は、大学生のとき。  別々の大学に進学した。春は第一希望の大学にあっさり合格し、受験期にもその容貌は衰えなかった。 「私、子守唄、歌ってもらったこと、ないんだぁ……」  ベッドに寝そべる春は白い肌をしていた。白い肌なのに、ところどころ焼け跡がついていた。ホクロみたいに丸く、小さく、焼け焦げたような跡。綺麗なのに勿体ない、と思っていた。  私に背を向けている春に、そっと囁く。 「きらきらひかる おそらのほしよ……」  まばたきしては みんなをみてる  きらきらひかる おそらのほしよ  随分おぼろげになってしまった歌詞を口遊むと、春は決まって微笑んで、胎児のように丸くなった。 「妹がいたの」  また別の日に、春は語る。 「私に鍵盤ハーモニカを弾いてくれた子。可愛くって、髪をね、こう、二つに結んでいたの。私が結んだのよ。不格好だったのに、喜んでくれたわ。毎日学校に二つ結びで通っていて……私、お誕生日には可愛い髪ゴムをあげたの」  春は独白するときだけ、饒舌だった。  我儘な人、と思いながら、私は優しく春の肩を叩き、子守唄を歌う。 「私が初めてお酒を飲んだのは、九歳のときなのよ」  また別の日に、春は語った。 「ねえ、子守唄、歌って……」  春はどこまでも子供だった。 「お休みの日はお菓子を焼いて。どんなにまずくても不格好でも構わないわ。私にちょっとだけつまみ食いさせて。それで、雨の日には絵本を読んでほしいの。私を膝に乗っけて……。お弁当は昨日の夕飯の余り物でいいし、夏休みに旅行なんてしなくていいわ。ああ、でも、たまにでいいから、おばあちゃんちに連れてって……」  うわ言のように、寝言のように、春は言う。  私は横で、相槌も打たず、ただ聞いていた。  何度でも言おう。春は強い人だ。この世の酸いも甘いも全て噛み分けながら、それでも笑って生きられるような人だ。誰に言われるでもなく、有名大学を卒業し、一流企業に就職し、働く女性としてその身を確立できる人。 「ねえ、子守唄、歌って」  春は独白したあと、必ずそうねだる。  私は何も言わず、ただ歌っていた。  弱いのは、多分、私だけ。
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