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「暑いね」
「……うん」
夏真っ盛りだからか、春の言う通り、夜でも充分暑かった。むあっとした熱気。風呂上がりなのに汗が吹き出た。鬱陶しくて髪を掻き上げる。
「中、入ろうか」
「うん」
春とは大学を卒業した今でも会っている。たまに連絡を取り、たまに居酒屋で会い、たまに家に上がり込んだ。
「ねえ、春」
「ん?」
「どうして、こんなことするの」
春に金は払っていない。代わりに子守唄を歌うだけ。
「疲れた方が、よく眠れるからよ」
でも、所詮は春を貪る男たちと同等だ。
いつも通り、私は子守唄を歌う。きらきらひかる おそらのほしよ……。何遍も何遍も、とうに聞いたことのある唄を、春は好んで聞き、すうっと吸い込まれるように眠りにつく。
(……そうだね)
私は思う。隣で寝息を立てる春を見つめながら思う。そうだ。きっと、春は男として生まれるべきだったのだ。
だって、きっと、男の方が幸せだ。金のために、幼い頃から複数の男に体を許すこともなかっただろうし、こんなになめらかな肌に、複数の煙草跡をつけられることもなかっただろうに。
春の手の甲を見る。真新しい煙草の跡。
きっと、もう、私達は友達ではない。
(でも……)
春の隣で横になる。もともとこのベッドは私のものだ。
どうしても考えてしまうのだ。とうに友達ではないというのに。純粋な感情など抱いていないのに。春にとっては、数ある男たちと同等の存在であり、もう春を慰められる、特別な存在ではないというのに。
「春の大切な人が、子守唄を歌ってくれますように」
女である私が、唯一できることだった。
静かに祈り、私も眠る。
夏真っ盛り、熱帯夜、春が最後に独白した夜のことだった。
春は、もう、来ない。
私の記憶はいつも、あの夏の夜に囚われている。
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