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仕込みちゃん
明治維新直後。
子たちは、賃金が要らへん便利な労働力やった。不要になったら、売ったらええ。そやさかい、貧しい番ほど、ぎょうさん拵える。
一人の男が、泣き喚く娘を肩に担ぎ、花街を闊歩する。娘は、生後四年程。幼子は、泣くものやさかい、その光景に違和感持つ人はいいひん。
ただ、花街に子たち連れてくる理由は、限られる。
「奉公に出されるんやろうな」
隠す意思あらへん囁き声が、耳に入ってくる。負の印象は、表現を〝遊女に売る〟から、〝奉公に出す〟に変えるだけで、いとも簡単に消失する。
江戸時代、幕府は人身売買を禁じた。そやけど、年貢上納のための、娘の身売りは認めとるさかい、身売り的年季奉公が、横行しとる。娘を換金するのんは、違法行為ちゃうさかい、話の種にすることはあっても、咎める人はいいひん。
問題は、娘と担いどる男に面識あらへんこと。一方的に担がれて運ばれとるだけで、縁もゆかりもあらへん。ほんでも、戸籍制度は形だけで機能してへんさかい、身元不明でも換金は出来る。
誰かて、穢多や非人なんて不名誉な身分を、後世に渡って戸籍に残したい思わへん。改編は、六年ごとでええさかい、無届けの人はぎょうさんおる。
男は建物の入り口で立ち止まり、おっきな声を通す。
「これ買い取ってくれ! 口減らしや」
口減らしとは、経済的な理由で、養うべき人数を減らすこと。男は担いどる娘を、六歳になった四女の胡桃やと説明する。
胡桃と呼称された娘は、散々泣き喚いた後やさかい、否定する気力湧かん。話始まってもうた後では、胡桃がなんか言うたところで、解放されることはあらへんし、話拗らせるだけや。痛いことされへんためには、ただ黙っとることしか出来ひん。少しでも印象を良うするため、大人しゅう、話終わるのを待つ。
男が女将さんと呼ぶ人、鋭い眼光で胡桃を見定める。
「ほんまに六歳かえ。えろう小さおすなぁ」
視線向けられた男は、動じること無う嘘をつく。
「小さいけど六歳や」
「そうどすか。十円てとこやな」
「その額でいい」
男に手渡された十円(現代の価値で三十八万円相当)は、たった今、胡桃が背負わされた借金。この前借金に縛られとる限り、どない酷い扱い受けようとも、従うしかあらへん。建前は前借金やけど、拾うたものを売っただけの男が、返済することはあらへんちゅうことくらい、胡桃にもわかる。
男と女将さんの口頭でのやり取り聞いて、胡桃は、置屋の養女になること知った。置屋とは、芸妓になるため住み込みで修行する生活の場。
問題は、一人前の芸妓になれるまで、なんぼ働いても給料出えへんさかい、借金返済し終えれへんこと。むしろ借金は、利子で膨らむばっかり。
売られてもうてから、泣き言言うてもしゃあない。まずは舞妓ちゃんを目指す。その第一歩が、仕込みちゃん。姐さんの身の回りの世話をしながら、言葉やしきたり、行儀作法を覚えていく。
奴隷のように扱われたり、酷い目に遭わされること覚悟したけど、姐さんはそんなんしいひんかった。躾は厳しいけど、理不尽なこと言わへん。
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