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水揚げ
夜が明ければ、ついに店出し。
店出しとは、見習い期間を終え、正式に舞妓ちゃんなったと、お披露目する儀式。姐さんに引いてもろて、挨拶回りした後、姉妹盃を交わし、契りを結ぶ――舞妓ちゃんにとって大切な節目。
店出しを境に、容姿も変わる。帯は〝半だら〟から〝だらり〟になり、髪型は前髪を高う結い上げる、割れしのぶになる。
緊張と不安で落ち着かへん胡桃に、お母さんが手招きする。このタイミングやさかい、店出しの件で話があるんや思うた。
耳打ちされたのは、想定外の言葉。
「旦那はんになりたいて、申し出がある」
お母さんも困惑しとる様子。見習い中の半だらが、一人でお座敷に出ることはあらへん。ましてや名前もあらへん見習いに、そないな申し出があるなんてことはありえへん。そんなんあったら、困惑するのんは当然。
とはいえ、胡桃は決断を迫られとるのやなしに、指示を伝えられとるだけ。選択肢はあらへん。お母さんが水揚げを承諾したちゅうことは、置屋の面目を潰しても、それに勝る利がある、ええ申し出やったちゅうことやえ。
舞妓ちゃんなって、数年間は年季奉公しいひんと、置屋が投資した費用を回収出来ひん。つまり、今までに掛かった費用の一切合財と、胡桃が背負うてる借金を合わした額に、相当な色付けて支払う申し出があったちゅうことやえ。
借金帳消しなるのんは、胡桃にとっても悪い話ちゃう。こないなええ話を、まとめてくれたお母さんに対して、長年養うてくれたことに感謝こそすれ、負の感情を抱くなんてありえへん。
「長いあいだ、お世話してくれておおきに」
お母さんに手ぇ引かれ、置屋の外へ出る。
外で待っとった人に、胡桃の身柄が引き渡される。店出しを取りやめるためには、関係者全員が納得する、合理的な理由が必要やえ。お母さんから、街を出て失踪するよう指示された。
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