おそろいのミサンガ

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おそろいのミサンガ

 梅雨が明けて六月も残すところ一週間となった。クーラーをつけるかどうか迷う季節の中、夢乃と高瀬くんは二人で汗を拭う。 「このバッティングセンターに来るのも最後かと思うと、寂しいね」 「だな。夢乃も上手くなったよな。最初はボールがフェンスにあたってから振ってたのに」 「見違えた?」 「んー、まだまだ」 「さすがホームラン王、手厳しい」 「夢乃ならもっと上手くなるよ。続けてみたら?」 「えー、そうかなぁ。考えとく」  高瀬くんがいないこの場所に来れる自信なんてなかったけれど、彼の手前、夢乃は微笑した。 「最初の頃、とんだド下手くそで嫌にならなかった?」 「いや。むしろ全然当たんないのに、嫌になってない夢乃に刺激もらってたぜ。野球始めた頃のこと思い出してた」 「そう、だったんだ……」  高瀬くんの言葉に胸がきゅんとなって、自身の身体の中に温かなものが流れていくのを感じる。 「帰りに寄りたいところがあるんだけど、いい?」  そんな夢乃に気づいているのかいないのか、高瀬くんが寄り道を提案した。  夏に変わっていく街並みを、夢乃は憂いながら、夏が好きな高瀬くんはうきうきしながら会話をする。  一駅分は歩いただろうか。以前の夢乃だったら夏バテしていただろうが、高瀬くんと過ごしたおかげで幾分か体力がついたようだ。 「ここ」  高瀬くんが足を止めたのは木の色をしたお店で。カフェか何かだろうか? と思って重い扉を開けると、同じ色をした小さなテーブルと、深い青の鏡が幾つか置かれてある。そしてテーブルの上には様々な小物が飾られていた。 「わあ、可愛い……」  アンティーク調の雑貨店だろうか。夢乃が店内をうっとり眺めている間、高瀬くんは店主に話しかける。 「すみません、以前頼んでいたものなんですけど」 「高瀬様ですね。お待ちしておりました」 軽く礼をした店主が鏡と同じ深い青のケースを運んでくる。そこには店主の手作りだという、可愛らしいお花が付けられたピンク色のミサンガが一つ。そしてそれとお揃いの、青色のものが一つ。 「こちらでお間違いないでしょうか」 「はい」 「お包みいたしますか?」 「お願いします」  白髪混じりの老店主が柔らかく笑った。痩せているのにぷっくりした頬を存分に高く上げて、 「お二人の願いが叶いますように」と高瀬くんの手に包みを乗せる。  高瀬くんが深々とお辞儀をした。つられて夢乃も腰を深く折る。店を出てから、高瀬くんが包みを夢乃に渡した。 「これ、プレゼント。っていっても元を正せば夢乃のお金だけど」 「ミサンガだよね。にしてはすごく凝ってる……可愛い」  包みを開けた夢乃は感動して手の中のものを見る。  夢乃の中でミサンガと言えば、紐を編んだオーソドックスなものしか知らない。花がついていたり、編み目自体が花になっているのを見るのは初めてだった。 「初めてユニクモ行ったとき、花柄の服着てたから。好きなのかなって思って」  (それは高瀬くんの趣味が、かわいい系の女の子だったからなんだけど……) 「で、こっちが俺の」 「ええ、これ高瀬くんのなの? お花ついてるよ?」 「俺もそれはツッコミたかったけど、やっぱお揃いのがいいかなって思って。……笑うなよ」 「ううん、可愛いよ」  夢乃は高瀬くんの制止も聞かず少しだけ口を緩める。そして、そういえばと思い立ったように彼に問うた。 「ミサンガって、願い事するんだよね? 何願うの? 甲子園優勝?」 「んー、それは願わなくても叶えるからな」 「さすがです」 「じゃあ俺は、夢乃の夢が叶いますように」 「私の夢? それさっきのと一緒だよ?」 「違ぇよ」  高瀬くんが目を細めた。どういう意味? と何度聞き返しても彼は老店主のように柔らかく微笑むだけで、何も答えてはくれなかった。
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