推しと暮らす!?

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推しと暮らす!?

 夢乃がいかに普通かというと。 キラキラ系女子ではないが、干物ほど枯れてもいない、ほとんどの女子が属しているタイプだ。  インスタグラムのアカウントはあるが投稿はしない。 お金が無限にあれば、自炊なんて面倒なことはせずアニメを見ながらウーバーイーツをしているに違いない。  美容院が面倒くさいという理由だけで黒髪のセミロングを貫いている。 つまるところ、自虐できるズボラもなければ、SNSに投稿できるほどオシャレでもない、そんな生活だ。  高瀬直人の存在以外は。  『闘魂』は今年で連載十周年を迎える少年野球漫画だ。高瀬直人が一年生の頃からの話で、主人公を含むキャラの感情や努力が熱く描かれている。  アニメ化した際に女性人気に拍車がかかり、今ではプロ野球選手が帯にコメントを寄せるほどだ。  最近、主人公及び高瀬直人らの三年生編が始まったことで話題を呼んでいる。  そんな高瀬直人は作中で一番の人気キャラクターだ。 1DKの中に軒並み広げられた高瀬グッズが、彼女が公式に費やした額を表している。 その部屋……つまり自分の顔だらけの部屋で、高瀬くんが呟いた。 「いや気絶したいのは俺の方なんですけど」 一通り説明した夢乃が差し出した原作『闘魂』を読みながら、高瀬くんが呟く。 「本当にすみません……」 どれくらい気を失っていたのだろう。異世界で、知らない女にぶっ倒れられて、その場で佇むしかなかった高瀬くんを思うと本当に申し訳ない。切腹を命じられても応じるレベルだ。  しかし言葉とはうらはらに、彼は重く受け止めているようには見えない。高瀬くんがあぐらを掻いてページをめくる。 「うわー、俺かっけえ。なんか不思議だなあ」 (うわあ、キャラブックの通りだ……!)   高瀬くんの座右の銘は「何とかなるだろ」だ。それ故か、こんなトンデモな状況も意外に受け入れている。 「しかしどうすっかなあ。ええと、お姉さん? この辺りで未成年が泊まれるところ、ある? いや、あります?」 原作では口が悪い高瀬くんが、丁寧語に変えて尋ねる。自分の名前と、敬語のイメージがないからタメ口でいいことを伝えると、思案する様子なくオーケーされた。 (推しの適応能力、高すぎる!)   さすか我が推し。最高。 と拳を握って悶えた後、夢乃はようやく考えた。 (え、泊まれるところ?) 元の世界に帰れるまで、一緒に住むことになった高瀬くんは、胡座をかいて『闘魂』を読み続けている。 (高瀬くんが、家に、住む? 一緒に?) どのワードも信じがたくて硬直する。 「おーい、お姉さん?」 高瀬くんの声も今の夢乃には届かない。 「あの、本当に? これ、死後の世界とかじゃないですよね……」 「多分」 「じゃあ夢だ!」 何度つねってもも目を覚ます気がないらしい自分の頬を、夢乃は勢いよく引っぱたく。 ぱぁん! といい音が響いて、高瀬くんが切れ長の目を見開いた。 「ちょっ、大丈夫!?」 心配するその瞳には自分が映っていて、またも気を失いそうになる。 (こんなの、都合のいい夢すぎる!) 再び腕を振り上げたところ、高瀬くんに止められた。 「いやいや。お姉さん……松崎さん、Mなの? 痛いからやめろって」 美しい顔を一切崩さぬまま手を掴まれて、夢乃は 鼻血を吹いた。  
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