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ヲタクには色々種類がある。
推しを拝む尊い系、キャラクター同士を脳内でくっつけて妄想するカップリング系。
そしてキャラクターに恋愛感情を抱く、いわゆる夢女子系。
他にもあるのだろうが、夢乃はこの三つしか知らない。
夢乃は、推しを拝むヲタクだった。
彼に会えるのなら全財産投げうってもいい。だが自分が隣に立つ想像はできない、という厄介なタイプ。
「で、俺のファン? なの?」
「はい……とても……」
それはもう、全身全霊全銭にて応援させて頂いております! と心で返す。
「だろうな」
高瀬くんが呆れた顔をする。そりゃそうだ。気絶して鼻血を吹いた女にする顔としては、最適解である。
彼はその見た目と努力家な性格が相まって、原作でもモテている。
が、野球にしか興味が無いと告白を断った、という描写があった。キャラブックの52ページ目。
だからさぞウザがられるだろうな、としょげていたのだが。
高瀬くんはその呆れを引きずる様子はなく、一瞬で表情と話を変えた。
「じゃ、野球好きなんだ」
素晴らしすぎる推しのコミュ力と優しさに、心で感涙しながら、身は萎縮したまま答える。
「す、好きになりました。この作品見るまで詳しくなくて」
「へえ! じゃ、俺がきっかけかあ」
嬉しそうに笑う高瀬くん。原作通りの、形のいい目を無くすほどの満面の笑み。
(ああ、好き。死んでもいい)
「ちなみに、元々は野球どれくらい知ってた?」
「えと、ホームランは全て、四点入ると思っていました」
その笑顔のせいで、ついうっかり口にしてしまった。
「嘘だろ!?」
そんなことある!? とゲラゲラと笑う高瀬くん。
(あ、これはチームメイトと下らない話をしている時のキャラデザ……!)
なんてときめいてる場合ではない。
「すみません本当に!」
不快にさせてしまったらどうしよう、と必死で頭を下げる。高瀬くんに嫌われたら生きていけない。
(既にマイナス5000点くらいの印象を何とかしなければならないのに……!)
が、彼は特に気にした素振りもなく、むしろ楽しそうだ。
「もしそうなら、俺一人で二十点くらい取れるな」
原作でも随一のホームラン王が親指を立てて言った。
(神様……)
あまりの尊さに涙した。
(って待って!?)
推しこと神様こと高瀬くんとの逢瀬に感激していた夢乃だが、「練習してえなあ」という彼の一言で我に返った。
未完だが、『闘魂』では十八才の夏に彼は大会に出場しているはずだ。
あわててキャラクターブックから年表を探す。西東京大会の開幕は、七月初め。
今は三月の末だ。
「た、高瀬くん。この世界に来たきっかけとか分かったり……」
「しねえな」
「デ、デスヨネー」
気を失っていたせいで、日付は跨いでしまっている、つまりこれは夢でも、時が過ぎれば解決することでもない。このままでは最後の夏が始まってしまう。
あと三ヶ月で、何としてでも彼を元の世界に戻さなくては……!
こうして夢乃の、夢の世界が始まった。
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