序文(雰囲気だけでも掴んでもらえれば)

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 ──さい。起きなさい── 「……ほら起きて、(りん)」 「んんん……」  肩を揺すりながら私を呼ぶ声。起きて、と言いながらもその手つきと口調は優しくて、寝起きの弱い私でもあまり苛つかずに、ゆっくりと目覚めることが出来る。 「……何、お母さん…………」 「あら。すっかり寝惚けてるわね」  そうまで言って、ふふふっ、とお母さんが小さく吹き出した。そこまで可笑しいこと言った?と不思議に思ったけど、今度は横から答えが返ってきた。 「おはよう、鈴。もうすぐ駅に着くよ」 「駅ぃ…………?」  半ば呆れたように、眉毛を八の字にしてはにかむお父さんをぼやけた目で見ていると、そのうち私がどうしてにいるのか、思い出してきた。  そうだ、私──お祖母ちゃんの家に行くんだった。  お母さんの後ろの窓からは、薄曇りから少し晴れ間の出てきた空に、すごい速さで後ろに飛んでいく田んぼが見えていた。  ゆっくりと、頭の中で何時間か前の記憶が形になってくる。久し振りに東京駅の中をかなり歩いて、新幹線の改札を(くぐ)ったこと。  ホームで見たエメラルドグリーンと紫の線の新幹線が、つやつやして綺麗だったこと。  後何年かしたら、新幹線で札幌まで行けるようになるんだよなぁ、とお父さんが言って。  三列シートの真ん中を取ってから、そしたら蟹食べたい、と私が漏らすと、お父さんもお母さんも笑いだして。  『鈴も大人になったねえ』と、窓際でお母さんが笑っていたこと。  どうしてさっきまで思い出せなかったんだろう。 ──きっと、あの夢のが、本当に濃かったせいだ。  身体がほんの少しだけ、前につんのめる感じがした。新幹線が少しずつ、速さを落としていく。 「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」 「はーい」  お父さんがそう言って立ち上がる。
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