Ⅰ To the darkness

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誰もいない店の裏側。 表の通りにはたくさんの人の出入りが聞こえる。 その中を歩けるほど私は強くない。 びしょ濡れの服、いたるところに赤くなった打撲痕。 髪は乱れて、爪は欠けている。 きっと今街を歩いたら醜いものとして扱われるだろう。 ましてや美を重んじる王都だ。 私を軽蔑した目で見るに違いない。 せめて服が乾くまで、ここにいよう。 堂々とできるまで、ここにいよう。 そう思っていたら日は沈みかけていた。 ゆっくりと立ち上がって自分の格好を見る。 醜い格好だなと思いながら服を払って髪を手ぐしで梳いた。 帰ったらライメル兄さんになんて言おう。 どんなごまかし方ならバレないだろう。 そんなことを考えていると店の通りの方から物音が聞こえて思わずその場にしゃがんだ。 するとそこにはテラがいた。 テラは唯一先ほどの騒動を止めようとした人物だ。 と言っても男はテラしかいなかったからだが。 「あいつら、適当に遠くにやってきたから大丈夫だよ」 テラは私のそばに来るとしゃがんで私の顔を覗いた。 「こんなに綺麗な顔してんのになんてことすんだって感じ。俺がいるから」 皆同じだ。結局顔、体。見た目のことしか考えてない。 それにテラに守られた覚えなど一切ない。 それなのに彼は私を抱き寄せようとしている。 許せない。 手を払って立ち上がり店を出ようとしたその時だった。 腕を引っ張られ、店の奥へと連れて行かれる。 その時、初めてテラが本当に男だと実感した。 壁に体を叩きつけられるように抑えこまれるとテラは私の顔をじっくりと見た。 「守ってやるって言ってるのにどうしてお前は俺に見向きもしない。俺は美の基準を達するほどだ。なんの文句がある」 言っていることが支離滅裂だった。 美が全て。 その考え自体、間違っている。 「いや、離してっ」 その瞬間だった。 私の唇に嫌な感触が伝わってくる。 嫌だ。こんな男に。 「んっ、離してっ」 止まない口づけの嵐。 そして服の下に滑り込む手。 このまま私は彼の物になってしまうのか。 深くなる口づけは息すらできない。 彼が服を脱がせようと手を抜いた時だった。 「……うっ」 私は彼の股下めがけて足を振り上げた。 怯んだうちに私は逃げ出す。 格好なんてどうでもいい。 今ここから消えたい。 私が消えたい。 そんな思いで走り続けた。 すると、こちらを心配そうに見ているライメル兄さんの影が見えた。 「っカリーナ!」 その声が聞こえて糸が切れた。 足がもつれてその場に倒れこんだ。 そのまま私の意識は闇へと吸い込まれていった。
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